2014年11月26日水曜日

Argentin BuenosAires 大都会そして観光客の集まるこの辺り・・・



この辺り・・高級レストランだの カフェだの トレンディーな所が多い・・。 
どこに入っても けっこうのお金が要る・・。
それに どこに入っても世界共通の物が出て来る・・。

そんな中で 裏通りに大衆食堂があった・・。
バイキングシステムになっていて・・ 一皿約500円。
別に重さを計る訳でもなく・・ てんこ盛りにしてもOK。

それを 夫と二人で食べた・・二人とも十分腹がくちくなった・・。
どれも家庭料理っぽくて 美味かった・・。

ドンドン入って来る客もみんな その辺の庶民って感じだった・・。

肉も柔らかくしてあって・・ どれも老人の我等にとって・・とても食べやすかった・・。 大満足の大衆食堂! めっけもんだったね!

お菓子屋・・。 甘いもんはいつも欠かせない・・食ってみたいと思ったら すかさず買う! んでもって食う! を徹しています。

これは ま~ 見るだけで満足かな~~・・。それにしても きれいなケーキだな~~。


これも フルーツたっぷりのタルト。 材料をふんだんに使って・・あって・・贅沢に作ってあるな~~。


キウィフルーツって世界中で人気なんだな~~・・。


これなんだろうな~~・・。 でも もう見てるだけで 甘さが伝わって来る。 ニュージーランドのお菓子の甘さも半端ないけど・・南米のお菓子の甘さは その上を行くと思う・・。 うん!


通りを歩いていると 小さい紙が ペッ! ペッ! っとこのように貼ってある・・。 これをイチイチ全部剥がして・・また 新しいのを きれいに並べて張り付けている光景を見た・・。

でもって これを 歩く通行人な何気に一枚通り過ぎながら 剥ぎ取っているのも見た・・。 

けっこう需要はあるようだ・・ あれ? あの人も・・・この人も・・ って具合に サッとは剥いで通る・・。

これは いったい何なんだ~~? と見てみたら・・ エロ店の紹介だった・・。 エロ店だか・・ エロサイトなのか・・? なんだかわからんが 取り合えずエロなのは確かなようだ・・。


宿のすぐ前に建っていた古いすぺいん風の建物。 細長い・・横にもこんな古い建築物があったのだろう・・なんだか歯抜けになったように横が空いていた・・。

宿にあった・・エレベーター・・昔スペインやイタリアに行った時にもこれと同じようなのに乗った。

相当の古いもんだが・・ちゃんとしっかりと 正確に作動している・・。
中に入ると 鉄格子の檻の中に入った気分だ・・。

階のボタンを押すと・・ガクン!と 檻全体が震えてから出発する・・。 これって・・ これから 何年ぐらい使用されるのか・・? 50年? 100年?



菓子屋で買って来た・・これはうまそ~~! と思ったが・・私はどんなに甘くても ペロリ! 食える自信があった・・が・・これは ちょっとで ギブアップした・・。

見た目はサクサクしてて・・すぐ食べれると思ったが・・ 甘さも半端ないけど・・大きさもでかい!

宿で他の人に譲ったが・・その人もすぐギブアップ・・。 ひとつのケーキを何人味見したのだろうか・・? 味見で終わった人がほとんどだろう・・ 甘すぎて・・食べると言う域には行かなかった・・。


草を使って 上手に色んなもんを作っている・・。 おばちゃんとかが作っているんだったら・・わかるけど・・若い男の子達が・・器用に作っているのを見ると・・なんか感心する・・。

それにしても ハッとするほど 美しいではないか~・・?


アルゼンチンと言えば ”肉”。 も~~どこに行っても 肉! 肉! たくさん肉がある・・ って訳で・・宿の人達とつるんで 肉の盛り合わせを食いに行った。

でも 肉はかなり硬くて・・・老人の私には ちょっと歯が立たなかった・・ってか言いつつ 食ったけど・・w

さすが! 若者! 肉食動物です・・。 最初は年上の人達に遠慮して すごく礼儀正しい・・。 でも 我等老人がギブアップしたら・・それからが勝負! 結局 どんなに硬くても ガンガンと行けてたな~~・・。 やはり若い!

2014年11月25日火曜日

Argentina BuenosAires 街はデカイ!


日本人宿の若い子達に 蚤の市に連れてって貰った。
長い長い道を何個も通りすぎて・・市は 永遠と続く・・。
歳よりの私は その若い子達とちょっと出掛けて歩いても ”疲れた・・疲れた・・もう歩けない・・” って言うから ”大丈夫ですか~~?” と心配してくれた。

が・・ この蚤の市は 半端なく長い・・。 いくら歩いてもドンドン続く・・。
だけど! この年寄りが・・疲れるのも忘れるぐらい 後から・・後から・・面白い物があるのだ・・。

自分が歩いているのを忘れる。 
目の前に色んな物はあるし・・ 時々大道芸人もいる・・ 時々バンドの音楽だってある・・。

ってことで 時も忘れる・・。
結局 その若い子達ともはぐれて・・私は迷子になってしまった・・。
けど・・ま~ 取り宿には帰れたのでよかった!

ってか 若い子達は 私の迷子になったのを すごく心配してくれていた・・。 やさしい~~!

駅に行ったら・・駅の天井のライトを交換する作業をしていた・・。 最初何をやっているんだろう・・? と思ってじぃ~~っと見ていたら・・ライト交換だった・・。

それにしても こんな高い天井では大変だな~・・ と思ってしまった。

Argentina BuenosAires 引ったくりの物騒な街


ブエノスアイレスに到着して・・宿に荷物を置き・・ さってと・・ちょっと辺りをふらついて 食料買い出しにでもいくか~~と 散策に出掛ける・・。

大きな十字路に出た時だった・・。 突然モーターバイクの急発進の音が響き渡り・・その音の方向を見ると モーターバイクの後ろに飛び乗っている男がいた・・と同時にアッと言う間にそのバイクは去ってしまった・・。

十字路にいた 沢山の観光客が・・・ 口々になんか話している・・・。 ヒッタクリにあったオジサンはアメリカ人観光客って感じ・・。 我らと同じ年代・・で 奥さんと二人でいた・・。

オジサンは苦虫を噛み締めたような顔をしていた・・。
どうしたのだろう・・? と思っていたら・・ 前にいた オバサンが振り向いて・・・「腕時計を取られたみたいよ! 腕時計は 外して! 外して!」 と我らに言う・・。

慌てて・・私等は時計を外して・・鞄にいれる・・。 その鞄も二人ともたすき掛けにしているが・・ それでも ガッチリと胸に抱え込む・・。

恐ろしげや・・。
なんか胸がドキドキして止まらない・・。 

みんなまだ 興奮覚めやまず・・って感じで ガヤガヤと色々話あっている・・。 明日は我が身・・ 気をつけなくちゃ~~。

それにしても どうやって 腕時計を引ったくるんだ~~? も~~全然解らんのだ・・。

後で聞いた話だが・・。腕時計をひったくるには・・まず 目星を着ける”物”の取り方を熟知する。

例えばローレックスなんかのメタルバンドの外しかたとかは 全く同じ物を使って何回も 何回も手際よく外して盗むと言うやり方を練習してから 引ったくりに挑むのだそうな・・。

お~・・! やっぱ プロは違うな~・・と変な所に関心してしまった・・。

ヒドイのになると・・簡単に腕を切り落として・・腕ごと時計を盗むとか・・。 え~~! ほんとに~~?! と 信じられない話だが・・本当だ・・とその人は言う。
ん~~・・・おそろし~~・・。

夫が突然話だした・・。 先週ぐらいかな~・・・。 ニュージーランドの若い男二人がブエノスアイレスの町で歩いてたら・・ 一人が絡まれて金を出せと脅された・・拒んでいたら・・突然銃で打たれて即死。もう一人は逃げて大丈夫だったとか・・。 
ひぇ~! 恐ろしい・・。

興奮も覚め止まない内に宿に戻って・・そのバイクヒッタクリの話をしたら・・ 

「あら! もうそんなのを見てしまったの?」 先日は ここに泊まっていた日本人の女の子のバッグがバイクに乗っている男に引ったくられそうになって・・ ガッチリとバッグが体に着いたままだったので 体ごとバイクに引きずられたそうな・・。

その時小指が反対に曲がってて・・完全なる骨折をしたそうな・・。

宿の人に 「普通に銃とか持ってるの?」って訊いたら・・ 「持ってる!」と言う返事だった・・。

取り合えず 強盗に遭ったら・・持ってる物は直ぐ様全部出す! と言うのは常識。 命だけでも守らないと! と言われた。

次の日から パスポートもカード類も 貴重品と言うのもはぜぇ~~んぶ! 宿に置いとく事にした・・。

こう言う時は 日本人宿 つまり日本人以外は絶対に泊めない宿は 便利です! 

セキュリティーの為に日本人以外は絶対に泊めないのです。 それに 我らの泊まっている宿は 最高でも10人ちょっとしか泊まれないし・・ 今泊まっている人は 6人ぐらいしかいないし・・ほとんど 長期滞在か・・リピーターだし・・ 新参者は 我らだけだし・・。

身元の完全に知れている人しかいない・・。 みんな その辺にパソコンも スマホも置きっぱなしだし・・。

その宿を一歩でたら・・ も~~! どこでも 緊張しまくり。

衰退しきった 物騒なブエノスアイレスなのです。

Arigentina タンゴダンス


アルゼンチンタンゴのダンスに惹かれて何年も経つ。 一時は ”The tango lesson" と言う映画を観た。
ダンスの素晴らしさに舌を巻く・・。
ちょっとあこがれて アルゼンチンタンゴを習いに通った・・。
が・・そう簡単に踊れるダンスではないのを 学ぶ・・。
以来・・やるなら本腰を入れてやらないと・・。と思うようになる・・。

が・・ そう簡単に問屋は下ろしてくれない・・ 結果 やはり アルゼンチンタンゴと言う物は 私の憧れで・・終わってしまった・・。

ブエノスアイレスに着いた時に・・あの! ”The tango Lesson"の 舞台になった店があると聞いて 早速出掛ける・・。

重厚な木材でできている壁は相当の威厳を持っている・・。

私が写真を取るべく・・回りのテーブルの所で ウロウロしていたら・・老人の男性がわたしに”踊りませんか?” と声をかけてきた・・。

え~・・っと あたしタンゴダンス踊れないけど・・。 昔は相手がリードしてくれたら・・うっとりして自然に足が動いたが・・ 今はすっかりステップも忘れてしまった・・。

が! 

んな事はどうでもいいのだ! 取り合えず あの私の憧れの映画の舞台で・・踊れるチャンスがあった と言うだけで あたしゃ~~大 大! 満足なのだ・・。

えぇ~い! どうでもなれ! とばかりに ”シー”(Yes)と言う・・。
が・・彼は私に連れがいるか・・・? 訊くので これまた・・”シー” と言うと・・ 私の夫の所まで行って・・

丁寧にお辞儀をし・・彼女を御借りしていいでしょうか? とのたまう・・。
夫が ”ど~ぞ! ど~ぞ!” と言って・・やっと 躍りだす・・。

いや・・躍り・・ではなく・・結局私の足はこんがらがってばかりで 何一つステップは覚えてなかった・・。
彼はさんざんな思いをする・・。

が・・それはそれ・・ジェントルマンの彼は その辺の事には一切触れず・・又又私を夫の所まで 誘導し・・ 丁寧に ”奥さまをお返しいたします” とばかりにお礼を言った。

後で聞いた事によると・・ カップルの人を借りる時は そういう風に丁寧にするのは当たり前のマナーなんだそうな・・。

それにしても・・ 私は あの憧れの映画の舞台で その床の上で タンゴの音楽に乗って・・むちゃくちゃではあったが・・ 踊ったカッコウができただけで・・大満足だった!




メインドアの美しさも半端ない・・。


2014年11月23日日曜日

英語は強い!


私のやっている宿で 客は英語でガンガン巻くしたてる・・。 ま~ それもそのはず ニュージーランドは英語国。 

で我ら・・・つまり 私の宿のスタッフは 全員日本人。 つまり 英語を母国語とする客と対等に話せない限り仕事にはならない・・。

つまり ガンガン巻くしたてる・・つまりすごい英国訛りであろうと アメリカ訛りであろうと・・ 時には ドイツ語訛りであろうと フランス語訛りであろうと・・ 取り合えず 確実に理解し・・対等に接しない限り仕事にならない・・。

ちょっとでも シドロモドロしようものなら ”ケッ! てめえ等英語もわからんのか?” ってな態度になる・・。
特に英国人がそういう態度に出る事が多い。 

もう顔を見ただけで・・つまりアジア人顔だと・・特に英語を母国語とするぐらいのレベルでないと 客はイラツク・・・。

つまり”英語” と言うのは 世界で一番強い言葉と言っていいだろう・・。
東南アジアを数ヵ月旅した時も・・英語を上手く話す人程 高学歴、金持ち・・と言う事になる。

これは 中南米でも同じなのだ・・。 インテリ層の人間は 子供を完全英語教育の私立の学校に入れる。 そして英語を流暢に話せるイコール それは アメリカやイギリスの大学を目指すと言う事になる。

その後 母国に帰ると 社会のトップの職に付く・・もしくは親の経営する企業を継ぐ。
東南アジア・・中南米で 底辺の仕事をする人達はほとんど英語は話せない。フィリピンとかシンガポール 香港などは 義務教育の小学校から英語での教育をしているので・・例外だが・・。

中米でスペイン語学校が大流行! 欧米人や 日本人達が習いに来るのだ・・。 よって・・ものすごく沢山のスペイン語学校があって・・ 普通マンツーマンの授業になる・・。 

で その料金が一時間 500円程度。 バカ安だ・・。 が! これが 現地の人が英語を習うとなると訳が違う 3倍も 4倍もする・・。
となると 欧米人の収入で スペイン語を習う時の授業料が 一時間500円ってのは ものすごい安い事になる・・。 

でもって 欧米人が英語を教えるとなると 現地のレートではなくなり・・欧米人の母国の収入レートになるので・・現地の人の英語を学ぶ負担は とんでもない事になるのだ・・。

現地人の収入は 欧米人のそれよりもとんでもない低い物なので・・。
それでも 現地人が英語を学ぶとなると・・生活を切り詰め 色んな事を犠牲にして 子供に英語教育を受けさせる事が とどのつまりは子供の幸せに繋がるとして・・親は 血のにじむような苦労をして 子供に徹底的な英語教育を受けさせる・・・。

英語を話せる事・・イコール特権階級のパスポートを得る事ができるのだ・・。

夫のように白人の客の相手だったら・・売り子達は 最初から完全に下でに出た態度で ヘラヘラして・・たどたどしい英語で話かける。
売らんが為には彼らは頑張るのだ・・。

が! アジア人の私の顔を見たとたん! まず 売り子の態度はでかい! なんせ 私のアジア人顔は 昔はスペイン人の奴隷であった チーナなので・・完全に私を下に見る。
で ま~ 取り合えず セールスはする・・が・・ ニーハオ! と言う・・ それでも ダメなら コンニチワ~と言う・・。 それでもダメなら・・ もう どうでもいいや~~的になる。

ニーハオも コンニチワも知らない売り子は・・取り合えずスペイン語で巻くしたてる! 全然私がわからないと ケッ! ってな態度に出る・・。

感じのいい人も時々はいるが・・ 感じの悪いのが多いかも知れない・・。 
で どうしても 自分が買いたい物があった場合・・ 私は売り子との会話が必要になる・・。

で スペイン語で捲し立てていたのに 私が英語で巻くしたてると 態度がコロリ! と変わるのだ・・。
ヘラヘラしだして・・「私の英語は とてもつたないから・・すみませんね~~」的態度になる・・。
”私は今英語の勉強をしているの・・” とか 言い訳っぽい事も言い出す・・んな事どうでもいいのだ・・。

その態度のコロリと変わったのは なんなん?! と 攻めたくなる・・。 つまり 英語ができる方が強いのだ・・。 つまり! 英語は最強なのだ・・。
それも英語をでかい声で捲し立てた方が絶対的に強くなる・・。

コバカにしたように・・ 「コンニチワ~、 カワイイ~! オナマエハ~! スゴ~~イ!」 を 私の顔をみて・・意味も無く・・連呼する奴がいた・・。 これで日本人観光客をバッチリと掴んでいるのだろう・・。
そういうのを聞くと・・なんかイラツク・・・。

空港、レンタカー屋、旅行会社、高級ホテルのレセプション・・気取ったレストラン 等 毎日観光客のみを相手にしている所では みんな英語を話すのは普通・・。
だから 夫(白人)を見ると Sirを付けて ヘラヘラと下でに出て・・つたない英語で話す。 

私にも取り合えずフレンドリーな態度で応対してくれれば・・私もイラつきはしない・・が いっつも! 私の顔をみたトタン! こいつは何語がわかるんか? こいつに話しても話にもならんから 取り合えず この白人男に話そう・・ と 10人が 10人 同じ態度に出る・・。 

私があなたに話しているのだから 夫ではなく私に話してください・・と 英語で巻くしたてると・・”お! お前英語がわかるんか?!” 的にビックリする・・。
完全に相手の私に対する態度がガラリ! と変わる・・。

つまり英語を話す 話さないで・・ こいつは言語能力があるか? 脳みそがあるのか? ってのを判断するらしい・・。

私のような めったにいない アジア人顔は 取り合えず 言語能力もない・・合わせて脳みそもない・・と ここブエノスアイレスの白人達(スペイン人と イタリア人)は 思ってしまう傾向にある・・。

Julien Blanc ジュリアン・ブランク

ジュリアン・ブランク
今 急に有名になった・・。 日本人女性をバカにして・・ 
てめ~~! 人種差別もいいとこだ! 日本人女性をバカにしくさって! てめ~~なんか 首締めて殺しても 腹の虫がおさまらんわ!
ってな具合で・・ 彼の記事を読み漁る・・。

ま~色んな人が憤慨して 色んな事を言っている・・・ そして 日本女性よ! NO!と言え! と言う 英語に堪能な日本女性がアドバイスもしてくれている。

NO! と言えない日本人っていう言葉も相当浮かび上がった・・。

彼のこの事件で 色んな事が浮かび上がった・・彼自身 昔は 内気で・・自分に自信がなくて・・声をかけられてもビビっているようなティーンエイジを過ごしている・・。

そしてそれを克服すべく・・勉強をし・・ ダンダン力を付けて来た・・。

彼のちゃんとした セミナー つまり 日本女性を完全にバカにしたセミナーでは”ない”物を 何時間も聴いていると・・ 相当の心理学を学んだ人間で・・ それをもって 自分の弱さを克服できた・・というのが 鮮明に見えて来る。

よって・・世の男性に 自分の弱点をどうやって克服したか・・? を教える事が彼の経験から来る力になった事は確かだと思う・・。

が! いかんせん・・彼はまだまだ 若い! 若すぎる! 世の中の辛酸を全然舐めて来てはいないのだ・・。

よって 白人の一番無知な所は・・つまり・・どうしても白人の潜在意識が出て来てしまう・・。 つまり・・有色人種は自分達より劣ると信じて疑っていない所だ・・。

最近 ここ2年ばかりの間に旅をしている・・。 欧米は若い時に住み・・今は東南アジアを 数ヵ月・・そして南米を半年と旅している・・。

それで 再認識したのは・・やはり・・ どうしても・・何があっても 白人が経営者で そして 指導者で・・数百年前に ヨーロッパからガンガンと ゲルマン民族が 世界各国・・つまり 特にアジア 南米を統治した・・と言う歴史が見え隠れする。 

現地人を奴隷にし・・奴隷として従わない民族は虐殺・・ アフリカから大量の奴隷を輸入。

チャイナからも奴隷は沢山来ている南米。 なので 日本人は全員 どう表明しようとしても China つまり チーナ! チーナ! と言われる。

そんな歴史の上に今の社会が成り立っていると言うのは否めない・・。
もちろん! 例外は多々あるが・・ 一般的にそうだ・・。

その決定的な社会の図を ジュリアン・ブランクは もちろん! 子供の頃から両親から 学校から 社会から 暗黙の了解として習って来た・・。 

が・・それを 世界中に・・それも このネットの時代にあからさまに・・言ってしまっては 袋叩きに遇う・・ってのは 若いが上に・・そして未熟者が為に・・知らなかった・・。

CNNで インタビューアーが ガンガン攻めていたが・・ 弁の立つ アイツが 言葉を選んで頑張っていた・・。

でもま~ 腹の底では白人は 有色人種を下に・・レベルが低い・・と思っているのには・・間違いないのに・・と言う言い訳がましい・・表情は否めなかった・・。

白人の大人が 自分の子供の言った 差別言葉に・・「ダメよ! そんな事いっちゃ~ 人間はみんな平等なんだから・・」 と言ったとて・・ その子供は 大人の心の底の部分を学び・・ 言葉で言った事なんか 全くもって・・通じる訳はない・・。

よって・・どんなに世間が叩こうと・・ CNNでせめられようと・・彼の心の底は変わらないだろう・・。

ただ・・彼は これからは もうちょっと差別的な言動は押さえねば・・と言うのを学んだだけだろうな~~・・ と思った。

オバマさんが アメリカの大統領になっても やはり 日本女はチョロイ・・と言うのは 変わらないのだろう・・。

change.org で私もサインした・・が・・虚しさは残る・・・。

Argentina Humaukaの小さな町から 水平にバス移動して イグアズの滝へ


またもや何十時間もかけて バス移動。 小さな町から 小さな町への移動なので・・直行便なんてないのだ・・よって チンタラ チンタラと バスを乗り継ぎ行くしかない・・。

アルゼンチンはでかい! どこまで行っても平原が続くのだ・・。

それでも 時々小さな町のバスターミナルに止まると・・バスの窓から 辺りを見回す。
どこをどうみても 白人らしき人間はどこにもいない・・・ 完全にインディオ人だけの世界なのだ・・。

白人 つまり スペイン、イタリア系の人間は ほとんど 大都市部に集まっているように思う・・。 田舎に残っている人たちは 純粋なインディオ人だけのように見える・・・。

大量のパンの入った袋を持っている人を南米全土 どこでも見かける。 みんな 大家族で パンをいっぱい食べるので・・ このぐらい一回に買わないとすぐ 無くなるのだろうか・・?

インディオの女の人たちは みんな髪が長い・・ 短い人を見た事がない・・そして まとめて 編み込んでいるのだ・・。

 夜中にバスがターミナルに到着すると やはり目が覚める・・ 外を見ると 他の夜行バスもたくさんあるのだ・・。

バスの運転手さん達は 夜行バスだと 徹夜仕事なんだな~~・・大変だな~~・・眠気で事故なんか起こせないし・・と思ってしまう・・。


 以上に赤い土のある所があった・・。この小さな町は 道路だけではなく 土が出ている所は 全部この赤土だった・・。 そして この赤い道路は かなり長い間続いた・・。



2014年11月22日土曜日

Argentina Humauka バスターミナルの待ち合い室


外は太陽で焼けている時に バスターミナルの待ち合い室は ヒンヤリとしているのだ・・。

クーラーなんて どこにも見かけなかったが・・ それでも 彼らは ヒンヤリとなるように家を建てる知識を持っているのだ・・。


犬ちゃん達は いつも 一番心地よいスポットを知っているのだ・・。

お母さんはどこにいるのか・・? トコトコと子供がやって来て・・ヒンヤリとした部屋で 一人でくつろいでいた・・。

アジアジから ヒンヤリとした場所に来ると・・眠気が襲って来るのだ・・。

Argentina Humauka 南米のあらゆる所に”独立記念碑”がある・・ つまりスペイン統治から逃れた碑


宿から町に降りて行く・・・ローカルの人達がたまっている 食堂。


空気が乾いて湿気がないせいなのか・・? 壁はいつも 真っ白なのだ・・・。

自分達の土地を 自分達の為に・・取り戻す為に戦った様子が ブロンズ像になっていた。 

町と言っても 小さな田舎町で・・ 回りは グランドキャニオンばりの 岩肌が 囲んでいた。

教会も 私の住んでいる ニュージーランドのクライストチャーチにある教会と全然違っていた。暗く重厚なものと全然違って・・真っ白な外壁は まぶしい程陽が照り反っていた・・・。


ちょっとした部品の隅々まで なんか とても 美しいのだ・・・。

街角にあった・・小さなカフェの外にあった テーブルと椅子。あまりにも素朴で かわいかった・・。 テーブルのいたは反り返って・・平らではないんだけど・・いいのだろうか・・。 その辺が 手作り感満点で もっといいのなのかも・・?

どこもかしこも 煉瓦でできた家、壁、ゲート。 地震がないから いいのだろうな~~・・。クライストチャーチの大地震を経験して以来・・いつも ”ここは地震はないのだろうか?” と思うようになった・・・。

Argengina Humauka 裏山に登った


Humaukaは 標高2700mと思ったが ちゃんと調べたら 3000mはあるとのこと・・・。
通りで・・ 息が切れる・・。
ちょっと動くと は~は~ 言う・・。無理をすると 胸も痛くなるし・・心臓も痛くなる・・。

クスコの標高3500mの経験があるから・・ ちょっとづつ ちょっとづつ動く・・。

空は抜けあがり・・ あくまでも青い。
道端にあった植物は ものすごいトゲトゲ。 家の回りにどこにでもあるので・・人が侵入しないように この植物を植えてあるんだと思う。

Humaukaは 南米のグランドキャニオンと呼ばれているだけあって・・ こんな岩肌がたくさんある。

丘のてっぺんには 十字架があり・・ 日本で言ったら 神社かな・・?
暑い 暑い道のりを は~は~いいつつ やっと登りつめ 汗ダラダラだったけど・・ この十字架の所で 腰を下ろしたら・・ 冷たい風が吹き・・汗ばんだ肌を一気に冷やしてくれた。

小学低学年ぐらいの男の子が二人 足をぷらんぷらんさせながら・・ てっぺんで 涼んでいた・・・。 子供らは どこが一番気持ちいい場所か 知り尽くしているようだ・・。

 ぽくぽくと乾燥した道を歩くと・・ 泥の煉瓦を積み重ねた家があった・・・。

本当にこの辺りに転がっている石は 全部レインボーカラーをしている。 あまりにも たくさん転がっているので・・ 拾う気にもならない・・。 

この土地の人たちは この石を使って 塀を作ったり・・ 石畳を作ったり・・ とてもきれいだ。

真っ黒に焼けた木。 焼けたと言っても火がついて焼けたのではないだろう・・ ただ単に立ち枯れの木だけど・・ 暑い気候とカラカラに乾いた空気が これを作り上げたのだろう・・。

歩く道端にある家々は 広い敷地に ポツリ ポツリとある。 なんか 濃い緑と 濃い空の青さとで ちょっと非現実的な感じもするのだ。

道端の大きな木は 大きな木陰を作り出す・・・ 大きな木の下に行くと ひんやりする。 よって なんか 道草ばかりで・・全然前に進まないのだ。

塀のてっぺんには トゲトゲのサボテンが植えてある。 南米の塀は高く そして 必ず塀のてっぺんにガラスの破片が埋め込んであるのだが・・ そのガラスの破片の代わりに サボテンを使っているのかな・・?

それにしても こんなド田舎で そんなよそ者侵入避けが必要なのだろうか・・ 現に ゲートには扉もなく・・幅広く開いていて・・ だれでも いつでも自由に行き来できるようになっていた。

2014年11月20日木曜日

Argentina Buenos Aires 美しい音色が聴こえて来る・・

最初この楽器を Youtubeで観た時は 感動して 魅せられた。
それが このブエノスアイレスの街で 演奏している人がいるのだ・・!
思わず 立ち止まった 聞き惚れた。

なんと 言う美しい音色なのだろうか・・!
誰が こんな楽器を発明したのだろうか・・?

Argentina Buenos Aires 床屋

 アルゼンチンのブエノスアイレスでは 日本人宿に泊まった。 

日本人だけと言うのは 本当に安心して 楽ができる・・。
いつも いつも 荷物とか 貴重品を体からはなさず・・・ 見張っていると言う生活を余儀なくされる・。

が! 日本人宿と言うのは それがない・・ スマホでも PCでも デジカメでも その辺でも 置きっぱなしでも・・ 消える事はない・・。

気が抜けて来ると・・長旅だと・・ 爪を切るとか・・ 髪の毛を切るとかと言う事に神経が行く。

いつもは ワッセワッセと旅をしているので 爪切りとか 髪切りとかは考える余裕がない・・。

私の夫は坊主頭なので 電池入りの電気バリカンを持って歩く。 ケープは 私のポンチョ型カッパを使用。

バリカンで ジージーやっていたら 同じく坊主頭が 相当伸び切った人がいて・・ その人も 坊主頭を希望。

携帯用の小さいバリカンだったので 軽々と長い毛をバリカンで切るって感じではなかったが・・それでも 終わったら サッパリとして 丸坊主に満足。

もう一人の おじさんも 私のバリカンさばきに 興味を示し・・ 希望された・・。 も~ こうなったら ガンガンときりまっせ~~!!
と 私は即席美容師になる・・。

この写真に写っているのは ”かつお君”(本名ではない・・かつお君の本名を教えてもらったが・・ 全然本人っぽくない名前だったので・・結局 ”かつお君”が 私の脳みそに定着)

も バリカンで! と言う希望・・。 え~~! 髪長いのに・・坊主ぅ~~?! と 思ったら モヒカンだった・・。

かなり前から 床屋に行ってないので・・ バリカンで 刈った部分も相当に長くなっていた・・。 普通に長い髪があるので・・結局 最初はハサミで短く切ってから・・バリカン使用になった・・。

彼は 相当のおしゃれで・・ モヒカンと言っても 真ん中の髪を後ろにポニーテールでまとめて 長い髭も 三つ編みにして 長く三角で下に伸びている・・ それが モヒカンの細いラインと 合っていて 素敵なのだ。

彼の服も 普通の旅人の服ではない・・けっこうユニークなかつお君ファッションなのだ・・。

私の髪は 普通は自分で切るのだが・・ 有能な美容師さんが その日本人宿にいて・・何十年ぶりに 美容師さんに カットしてもらった。 かなり スタイリッシュなボブにしてくれて・・ 久しぶりに ちゃんと おしゃれでもすっかな~~?
 って 気分にしてくれた。

日本人宿は 床屋さん 大流行なのだ・。

Argentina Humauca 早朝は寒い!


標高2700mのHumaucaは 早朝は相当寒い! 昼間の陽の照る所は 猛暑なのに・・夕方から朝にかけては 相当冷えるのだ。

目が覚めて・・ 外の太陽が眩しいくらいなので・・ 気分よくして・・外を散策。
いつも あまり人はいないが・・・早朝は 人っこ一人いないのだ・・。

プラプラ歩いていたら・・ 塀の上に 悠々と座っているじっちゃんがいた。 朝日を顔面に受けて・・ 光っているのだ。

なんか 静かで瞑想でもしてそうだけど・・ ただ座っていたのかも知れない。

私が近づいて ”おはようございます!” って言ったら ニコニコしていた・・。
何してるの? って言ったら ”薪を取ってる” と言う。 
確かに 塀の側には山から集めって来たような枝が積んであった。
これどうするの? って言ったら・・ ”何にでもつかうべ~!” と言う。 料理にでも 暖房にも 何にでも使う・・ と言う。

電気とか ガスとかは 全然使ってないのだろうか・・?

あまりにも じっちゃんの顔が 神々しいので 写真撮っていい? って言ったら きっぱりと ”ダメ!!” って断られた。

なんでダメ? って訊いたら・・ 嫌いだから・・と言う。
お前を 俺が撮ってやる! って言うので・・ じゃ~・・・ ってんで 私の写真を撮って貰った。

朝日が私の背にあったので 完全に逆光なのだ・・。

おじさんちどこ? って言ったら・・ あっち・・と言われておしまい。 

そして 集めた薪をヒョイ! と担いで スタスタと行ってしまった・・・。