2014年3月27日木曜日

痛みのない死に方

”たわむれに母を背負いて そのあまりの軽ろきに泣きて3歩あゆまず”

と言う 石川啄木の句がある・・。 が 現代は・・・。
”たわむれに 母を背負いて そのあまりの重きに辛きて3歩あゆます” ってのが 現代かも・・?

飽食で重い老人はたくさんいる。 

老人介護の方々は 重い老人をお風呂に入れたり 体を拭いてあげたりのケアは大変な物だ・・・。

友人宅の裏山を登っていくと・・ ふと 姨捨山と言う言葉を思い出す。 もし この裏山のてっぺんにおばあさんを捨てると 絶対に降りてこれないだろうな~~ 還暦を過ぎた私は は~は~いいつつ 足を滑らしたら えらいこっちゃ~~! といいつつ・・ こわごわと登った・・。

昔の人は 息子が年老いた母は裏山に捨てるのは 普通の慣わしだった・・。 畑仕事の足しになる訳でもなし・・ 孫の世話もできない・・ なんの役にもたたなければ・・ もう死の道しかない・・・。

紙おむつだ・・ デイケアだの・・ 食事の配達・・・ やがては老人ホームやら 延命措置の膨大な医療・・・ そういう物一切が省かれた時代もあった・・・。

それもまた 生活の知恵だったのかもしれない・・。

以外と食べないでいたら す~~っと眠るように死ねるのかもしれない・・。 

ある有名な医者が言ってたのを思い出す・・・。

人間が老衰して行き 痛み苦しむ時は必ず 膨大な医療をほどこしている時だと・・。 何もしないと 意外と痛みと言う物はなく 死に近づくと眠くなるのだそうな・・。

冬山で凍死するときに眠くなるような睡魔が襲う・・・ そんな状態で 老衰した老人の死は近づいて来るのだと・・。

そんな時に 延命措置として 色んな事をすると そこに痛みとか 苦しみが発生するのだと・・。 

痛み 苦しみ抜いて 死んで行くのは辛い・・・。 辛くない死に方もあるのだ・・ と そのお医者さんは言っていた・・。

姨捨山の死に方は ま~ 夢として・・ とりあえずデブ解消作戦と・・ シンプルライフを徹底してゆこ~~! と 思う・・・ うん・・・!

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