2020年12月27日日曜日

クリスマスからお正月にかけてのホリデー 5 我が家のTango

親しいTango友達だけで クリスマスパーティー
足が痛くなるまで みんな踊りまくる。
そして もう 一生何も食べたくない・・と言うほど 腹がくちくなるまで 食べ続ける。
みんなほんとに すごい手作りの物を 持って来る。

パンも ケーキも本格的に焼いて来る。
レシピ交換も頻繁に交わされる。

この前も 屋敷の様なでかい家に住むTango の人が クリスマスパーティをして 沢山の人が招かれた。 50人から80人ぐらいの人がいただろうか・・?
全員が ちゃんと素晴らしい食い物を持って来るのだから 私なんか 食い物の周りから動けないのだ・・。

全員が持って来たのをチェックして・・全部味見すると もう 動けなくなるのだ・・。

まだまだ お正月以降まで お招きパーティーが続く・・ので
ホリデー日記パート6も 7も 8も あると思う・・・。

 

クリスマスからお正月ホリデー 4 我が家のクリスマス

12月25日にクリスマスをお祝いするのが ニュージーランドではしきたり・・。
が メキシコから来たAntonio は24日のイブにお祝いする つまり ごちそうを食べるのだと言う。 

友人のドイツ人も24日だと言う・・。
同じクリスティアンでも お祝いの仕方が ちがうんだなぁ〜 と 再確認。

って事で 24日と25日の二日間ごちそうをたべよ〜! って事になる。
かなり欲張った考え方なのだが・・ それは それでいいのだ!

Rogerは ローストチキンを24日に 25日はでっかいターキーを・・。
とりあえず 24日のチキンとの組み合わせは 畑から掘り起こしたばかりのポテト
そして えんどう豆・人参がなくてはならない。
これが 典型的な彼の家庭クリスマス料理なのだそうな・・。

日本人が 自分ちのお雑煮の調理法にこだわる様に こうでなければ 盆も正月も来ないのだ! と言うこだわりが みんなあるので びっくり!

仏教の私は クリスマスには口を挟める余地は無いのだ・・。

Antonio もちゃんとクリスマスにはごちそうを作ったのだ。

そして Antonioが 私に餅がつくれるか? と言う。
それも チョコレートの餅とか いろんな餅がいい! 
と言う・・。 

日本人は白い餅でなければ ならない・・・が 日本人以外の人は 白い餅は つまらないのだ・・。

私は初めて チョコレートをしこたまいれた餅を作る。
本物のチョコを沢山入れたのでかなりおいしいチョコ餅ができた! そして大人気であった。

赤いのは いちご餅。 これはいちごフレーバーが入ってるってだけだけど・・それでも いちごの香りプンプンで美味くて人気だった。

 

クリスマスからお正月ホリデー 3 駅・バス・電車の墓場


ホリデー中は巷は ごちそうを食い続ける時期に突入する。
って事で 私だけ ダイエット中だから食べないって事は絶対無い・・。
ってことで 散策歩行をする・・。

歩くときは やっぱ 歩いた事の無い所に言ってみよ〜〜う!ってのが 私のポリシーで・・。
今日も この バス・電車・駅の墓場に入り込む。
誰に訊いても この場所の存在を知る人はいない・・。

この土地の人でも 知らない人が多いのでは・・。
現に 私がここに入り込んたとき 30分ぐらい散策したが 人っ子一人いなかった。
そして ここに入り込むには 公園の端っこの茂みn中に入り込まないと入り口を発見することはできない。
それ以外は 全部外から見えない様になっているので・・存在すら 知らない人がほとんどなんだと思う・・。

なんか シン! としずかで 心の落ち着く場所なのだ・・。









 

クリスマスからお正月のホリデー突入 2 友人宅

毎年この時期になると20年以上も友人である家に クリスマスパーティーとして招かれる。
彼女はクリスマスが大好き!
いつも家の中のデコレーションとか 本格的にしないと気が済まない。
私と夫と共通の友人なので 一年に一回でのキャッチアップで 会話が弾む・・。

持ち寄りパーティーなので みんなごちそうを持って来る。 誰が何を持って来るか?なんて 全然話し合いもしないのに・・毎年 ちゃんとオントレ・肉類・さらだ・デザートと てんこ盛りに集まる。
この写真は デザート類だけなのだ・・。

最初はオントレ類で 次が食事類がテーブルに並び・・
その後デザート類がテーブルに並ぶ。
3コースの バーキングになるのだ。

食べに来るだけでも 相当の楽しみなのだ・・。
ダイエット中だっつ〜のに・・ そんなのは このホリデー中が 完全に吹っ飛ぶのだ・・。

 

クリスマスからお正月のホリデーに 全員突入 1 黒豆煮

黒豆 それも ちゃんとした乾燥された黒豆を 専門店から探して来て・・
缶詰の黒豆はスーパーにあるんだけど・・それでは 本格的では無いのだ・・。
よって ネットで 穀物類専門店を探して 買ってきた。

そして それを 水に一晩浸して・・・それを2時間以上煮る。
つまり 日本のあずきを豆から炊くのと同じ・・。
缶詰だと どうしても 本格的ではなくなる・・。

我が家の息子となりつつある Antonio のこだわりで 本格的でなくてはならないのだ・・。
そして ポークとを煮込む。

赤いのはトマトのフレッシュなのを ミキサーにかける。
玉ねぎのみじん切りと コリアンダーの生、 これも どうしてもフレッシュなものではなくては ならない・・よって 数件の店をはしごしてやっとフレッシュなのを発見!

それらを数時間煮込んだ 豆とポークの上に乗せる。
そして トルティアと一緒に食べるのだ・・・が!

トルティアが 見つからない!
私がトルティアを店に買いに言って・・・こだわりのAntonio が トルティアのサイズは一つだから かんたんに見つかるよ! 
と言うが・・ ま〜 4個ぐらい色々なサイズがある・・。

彼はサイズは一つだ・・と言ってたので 私の南米旅行の記憶から 大体普通のトルティアサイズを買ってきた。
が! 叱られた・・・。
「違う! これは違う! コーンのトルティアって言ったべ〜!」 
お〜 確かに言った・・忘れてた・・こ〜んの って言うのを・・。

って事で 又 Antonio の監査のもとに サイド コーントルティアを買うべく店へ・・。
が 発見できず。

ニュージーランドに売っているトルティアは 全部小麦粉で作ってあって コーンの粉で作ってあるのでは無い・・。

私が コーンフラワーは沢山あるから それから手作りしたら? って言ったら・・
彼は 「違う!! 全然違う!! コーントルティアを作る粉は 全く持って違う粉の挽き方だから 全然違うものなのだ! 」 と言い切る。

そっか〜 そっか〜 と こだわる彼をなだめる。

最後には 小麦粉で作ったトルティアで 食べる事にした・・。

初めての味で おそるおそる 口に入れると 美味!
なんか あっさりとした味で スイスイと食べれる。

夫のRogerなんか でっかい 丼で2杯も食べた。

メキシコの典型的な家庭料理なそうな・・・。

 

2020年12月17日木曜日


私が生まれた頃は この田舎の土地はこんな風だったのだろう。
新しく出来たステキな公園にあった写真。

今は農場だらけでもすべてが近代的になっている。

農場も 古き良き時代ってあったんだなぁー と 思う。



私の田舎にあった紫陽花。

そう言えば 去年もここに咲いてたなぁ〜 と思う。

私が完全に忘れていても 自然は絶対に忘れず季節を巡らせてくれる。

なんか ほっとする。



 

種から発芽させて 食える物に成長しました。
種 太陽 水 そして土 それで 魔法のように 食べ物ができるのは 当たり前とて
やっぱり 不思議

今夜の私のディナー。
香り高く 甘い!

2020年12月16日水曜日

Hiromiちゃん

 田舎の朝は シャキッ!!! っとする冷たい空気が流れている。

起きて のんびりと そのシャキッ!!!っとした空気に触れつつ 熱いほうじ茶を飲む。


そして ツラツラと 思う..........

もう何年か前 この田舎の土地をゲットした時は 荒れに荒れてた土地。

つまり 先住者はこの土地をゴミ捨て場として使ってたのでは と思えるほど無惨な姿だった。

その時私のこの土地改革に 毎日つなぎの作業着を着て 手伝ってくれたのが Hiromiちゃん。

彼女はその辺の男顔負けの力を持ち ずば抜けた頭脳と回転の速さを持ち

オマケに性格明るいのなんの どんなキツイ開拓作業も 挑んで 笑い飛ばす能力の持ち主。

彼女の何ヶ月もの土地開拓の元に 今の美しい土地に変身出来たと思う。

そして その時毎朝の作業開始には熱いほうじ茶から始まる。

今私が飲んでるように.....

が 今とその時と違うのは その辺から拾って来たような プラスチックのキャンプ用 カップ。

そして そのほうじ茶の朝のteabagは その日1日 お湯を足すだけで 飲むのだ。

夜になるともう色も出ず ただのお湯。

それでも 美味しそうにお湯化した物を飲む hiromiちゃん。

そんな hiromiちゃんが何年かぶりに 又ニュージーランドを訪れ この土地を訪れてくれた。

その時 朝使ったほうじ茶のteabagを昼そのままお湯を注ごうとするので

私が新しいteabagを使おう と言うと

[ひゃ〜! ぜいたくぅ〜!] と言う。

2020年12月15日火曜日

田舎

田舎の土地は草が生い茂って 大変な事になっている。
草刈りの機械はあるが 刃が回って草をかるのであるが 石に刃が当たると 機械が空中分解をしそうになるぐらいバリバリ〜!! と言わせて 暴れる。

もう何回も機械が岩に乗り上げもうそろそろ 機械がぶっ壊れる頃だ。

だからまず 岩除去作業から始めなければならない。
という訳で 作業は埃まみれの 汗ダラダラの 強制労働の様になる。

子供の頃 外で遊んでいたら こんなアザミの花をよく見た。
もしかしたら 60年もの前に見て以来見ていなかったかも。
立派なアザミで 懐かしい。


 

作業の合間に空を見ると虹。きれいな半円になっている。 よ〜く見ると もうひとつの半円虹が見える。
つまり ダブル レインボーなのだ。
でもカメラにはダブルには映らなかった。

2020年12月1日火曜日

花に襲われたピクニックテーブル

数日家を空けただけなのに 我が家の庭のピクニックテーブルは 花に襲撃されていた。


 

朝の鳥さん達

私の泊まったホテルの向かい側の窓から 2つの手が出ていて・・
向かい側のこの窓は30mぐらいは離れているだろうか・・?
この写真はズームしまくりの物だ。

だから かなり遠くに見えるその手のヒラヒラは 不思議な物としか 思えなかった。
最初私は 誰かが窓から 助けを求めているのだろうか・・?

いや 今度は 手に何かを持っていて それを ちぎっている感じだ・・。
そのちぎった 小さな物を ヒョイ ヒョイ と上に放っている。
どうにか 窓ガラス枠の小さな出っ張りに 必死になって その千切った物を乗っけているのだ。

私はすぐ それが トーストの残りを千切って 鳥さん達のために 乗っけているのがわかった。
朝は 余ったトーストをよく 私も千切って 外に置く事があるからだ。

しかしその人は ヒョイヒョイと上に放っている作業を永遠に続けている。
もう そんなに乗っからないのに・・と思う私を無視して 頑張って やり続ける。

私は・・・でも 鳥がそれを食べにやって来るのか〜?
と 疑ってかかっていた。

が! そのヒョイヒョイ作業が終わったトタン! ガンガン 鳥たちがやって来るではないか!
大きな鳥やら ちっこい鳥やら・・ニュージーランド鳥天国の国だから 沢山の野鳥が街中でも 沢山いるのだ。

飛びながらサッとそのトストのかけらを持って征く鳥もあれば・・ ちっこい鳥は足場が確保できるのか 窓のさんに捕まって 食べている鳥さんもいる。

くわえて 屋根に上がりそこで食べているのもいる。

飽きなく見続けている私だった・・。


 

知らない街を歩く


知らない街を歩く・・。
久しぶりに飛行機に乗って・・海外旅行気分を味わいつつ・・国内旅行。

色あせた日常から脱出すると・・国内旅行であるにも関わらず ものすごく遠い国にワープした様な気分に浸れる。
どんな些細な物でも 見るもの 聞く物が新鮮だ・・。

その心の抑揚に乗って・・普段歩かないのに どこまでも どこまでも歩ける。
一日じゅう 歩き続けたい・・が 体が持たない。
次の日は 慣れない長時間歩行で・・足が痛くて 腰が痛くて・・ 起き上がる事もできなくなる。
が! それでも 又歩きたくなる。 歩き出すと 体が慣れて来て・・又 目先の物珍しさが手伝って 歩き続ける。


ポフツカワ と言うニュージーランドの国の花となっている。
燃える様な赤で 炎の様に咲いている。
街を歩いていると そこらじゅうに咲いている。
これは木に咲くので 小さな木でも 大きな木でも ありとあらゆるところで おびただしく咲き誇っている。 立ち止まって触りたくなる。

急な坂道にきれいに並んでいる建物が かわいい・・。

百年以上も建っている建物が そこここにあり・・ 又 百年以上も立っている木々も 沢山ある。 一緒にいる様は 歴史を感じる。

今この白いジャスミンは 今 満開だ。
街を歩くと あちこちに群生している。 
グランドカバーとして 広大に這い回っているのもあれば ぐんぐん木を伝って這い上がったり・・塀を伝って這い上がっているのもある。

そして 歩いていると 目でと言うより 香りで気付く。
あ! ジャスミンの香り・・と思って 見回すと 必ず 密かに咲き誇っているのだ。

歩きくたびれて 大きな木々に囲まれた一角のベンチに腰を下ろす。
すると・・そよ風とともに このジャスミンの香りが 舞って来る・・。

汗ばんだ肌に この香りが混ざって流れてくると・・まるで 天国にいる心地。
そこは車の走り回る喧騒があったが・・それも 完全に打ち消してくれる程の 空間だった。

ここも まるで 時代をワープした気分にさせてくれた。

道路工事で どこをどう歩けば・・どうやって 道を渡ればいいのか・・?
とウロウロしていたら この銅像に出くわす。
思わず ニッコリしてしまう。

スックと建っている郵便局

 
お天気完璧の空に そびえ立っている。
観光地でもなんでも無い所に突然立っていた・・。

どうして 私の友人達は 私の飼っていた犬と瓜二つの犬を飼うのだろうか・・?

私はニュージーランドに来てすぐ 生まれたばかりの犬を飼い始めた。
その犬は16歳まで 私のすぐ横で生きた。
そして 私のソウルメイトとして 慣れない移住生活を支えてくれた。
が・・・その犬が死んでからは もう二度と犬を飼う事はできなくなった。
ソウルメイトの喪失感は 私を打ちのめし過ぎたのだ。
失ってから もう14年も経つ。

これは友人の犬だが・・失った私の犬と瓜二つ。
目を見ていると 涙がこぼれそうになる・・・。

この犬は また別の友人の犬。
なぜに 私の友人達は 私の失った犬と瓜二つの犬を飼うのだろうか・・?

この犬ちゃん どうしても 私の膝に乗りたくて・・前足を私の膝に乗っけて 
抱っこ〜〜を催促しまくり。
やがて 意を決してジャンプして私の膝へ。
シッカリと抱き止めた私。

友人がすかさず写真を撮ってくれた。