92際の母

母を介護施設から連れ出す・・・。
最初　”外出届け”で連れ出す・・。
夜８時には介護施設に戻る・・と言う事で届けを出しているのに・・家に戻ってきたら・・全然腰をあげる気配が無い・・。
長年住み慣れた自宅に戻って・・もうすっかり自分家に腰を落ち着けた・・と言う雰囲気・・。

私はちょっと焦る・・完全に寝てるし・・。
と言う事で・・慌てて施設に電話して　外出門限時間を伸ばしてもらう。

次の日は　私がはここにいる間びっしりと母にくっついている事を決心。　よって　２泊３日の”外泊届け”を出す。

母は有頂天になり・・あれもしたい・・これもしたい・・と言う。
ショッピングに行ったら　でっかいソフトクリームを食うと言う。
まるで　生まれてはじめて美味しいものを口にした様に感激して　一口　一口を味わっていた・・。
施設ではこんなのは食べれない・・と言う・・。
ま～　そうだろうな～～・・。老人達にでっかいソフトクリームなんぞはくれないだろう・・。

他にもとうもろこしをまるまま茹でたもの・・枝豆の固茹で・・たくわん・・煎餅・・と　けっこう歯応えのあるもの等を盛り沢山に私は彼女に与えた・・。

まるで飢えた動物の様に・・目を見張って　これもおいし～！！　あれもおいし～！！　と食いまくっていた・・。

彼女の歯は丈夫で市で表彰されたくらいなのだ・・。　施設では歯のない人達が飲み込んで食べても良いような食事ばかりなのだと思う・・。
ワシワシとまるごとのとうもろこしに取り組んでいる母に・・
「それは老人の食い方ではないよ！」と言うと・・母は
「あたしゃ～老人じゃ～ないもん！」と言う・・。

私は裁縫箱を家じゅう探し回る・・が・・見つからない・・。　かんねんして・・もしかして　もう家には一切住んでいない母に・・少し認知症の入っている母に・・お裁縫箱はどこにある・・？　と訊くと・・あそこ！　と言って指差す・・。
指差した先の戸棚を開けると・・
あった～！　さすが！　この家の持ち主。

裁縫箱にはゴチャゴチャといろんな物が　びっしりとめちゃくちゃに詰め込んである・・。
ふ～・・ゴム遠しなる物ってここにあるのだろうか・・？
ま～ダメ元で・・母に訊くと・・
ゴソゴソと数秒したら　小さな四角い缶をつまみ出したと思ったら・・トゲ抜きとか　小さいハサミとかの他に　この上の写真にある　ゴム遠しがその缶の中に入っていた・・。
それを摘まんで　私に　「はい！」と手渡した。

お～！　またもや感激！　それにこのゴム通し・・私が子供の頃から使っていた代物だった・・。　子供の頃以来私は見かけていない。
彼女は　ずっと・・ずっと　彼女が嫁に来た頃からこれを愛用していたのだろう・・。

母が死んだら何も要らないけど・・このゴム通しだけは　貰いたいなぁ～・・と思った。

ハサミが母のキッチンにぶら下げてある・・。見かけによらずこれは　切れ味が良いのだ・・。
これは紛れも無い・・私が物心ついてからずっと家にあって・・私もさんざんに使い倒した物である・・。
キッチリとこのキッチンで毎日使われているこのハサミ。
永遠にこれはここにあって当たり前と言う様だ・・。

家に連れ戻した母が　突然「丸の尾の滝に行こう！」ちニコニコして言う・・。
家に居てもダラダラと昼寝をしているだけだろう・・と思っていた私はビックリ！
９２歳なのに・・どこから　そんな気力が出て来るのだろうか・・？

”丸の尾の滝”とか言われても　私は聞いたこともない・・。　ここからすぐ行けるのだろうか？　遠い所なのか？　なぜに母はここに行きたいのか・・？　さっぱりわからず・・でも　GoogleMapのナビゲーターで検索してみると　車で４５分だと言う・・。

お～！　それなら感嘆・・車で歌なんぞ歌いながら行ったら・・すぐ着く・・。　母を車に乗せると・・ここはこうなんだよ～　とか　これは昔良く来たところだよ～　とか・・　この家の人は誰々さんで・・　いつ頃死んだとか・・いろんな事を言う。

何を見ても彼女にとっては　思い出の沢山ある箇所が沢山あるのだ・・。　なんせ　ここに３５年は住んだのだから・・。　彼女の若い頃　つまり　７０年前も住んだ事のある地区もあるのだ・・。

彼女にとっては思い入れの多い土地なのだろう・・。

この上の写真が丸尾の滝・・で　私が帰ろうか？と言うと・・うん！　と言うので　Uターンしたら・・母が・・え！？　Uターンして来た道と同じ道を帰るのは面白くないでしょう！　と文句を言う・・。

じゃ～　どっちに行くの？と言うと母は　こっち！　と方向を指差す・・。山をぐんぐん上って・・どこまで行くのか・・？　私には　全くわからない・・それでも　この辺りは　誰誰だんの山で・・とか　彼女は　かなり詳しいのだ・・。

それでもドンドン進む・・分かれ道に来たら・・私がどっち？　と訊くと・・すぐさま　こっち！　と母は言う・・。
彼女はシッカリと道を知ってて言ってるのは間違いないらしい・・。
やがて・・家に向かって見慣れて来て・・結局私は母の道案内で・・ずっと　ドライブをして来たのだった・・。

丸の尾の滝の横に咲いていた沢山の山ユリ・・・。
私はこれを見て・・わぁ～！　といいつつ近づいた・・その時！　足を救われ・・道横にあるコンクリートの深さ30cm　いや50cmはある　幅も50cmくらいある溝に落ちた・・。
最初は何が起こったか　自覚症状は全くなく・・とりあえず　したたかに腕だの足だの腰だの擦りむいて・・溝に落ちる。

体がすっぽりとその溝にはまってしまった。　全身の打ち身でしばらく息ができない・・。　しばらく体を起こす事もできない・・。
持っていたスマホが中に浮いて・・コンクリートに打たれる様に落ちた音を聞いた。

まるで小さい棺桶にすっぽり入った様な状態で私は　そのまま動けなかった・・。
大分時間を取ってから　ヒリヒリする腕と足をやっとの事でひきずりつつ溝から脱出。

腕も足も数ヵ所擦り傷で・・血がタラタラ垂れていた・・。
流れる血を見て母は心配してくれた・・。

私は痛いけど・・スマホが壊れてなくて・・よかった！　とホッとした・・。
ネットも電話も　ナビも　デジカメも　このスマホが無くなったら・・何もできなくなるのだし・・。