2020年2月16日日曜日

自宅で楽しめる お気に入りのホットチョコレート

友人がホットチョコレートのチョコをくれた。
有名なこのチョコのお店では 純粋なチョコがタップリ入ったホットチョコレートが飲める。
これは 自分で自宅でそれが楽しめると言う代物なのだ。

そして 裏に作り方が書いてあった・・。

その作り方の方法の言葉が おもろいので 思わず ブログに載せる事に・・。

このチョコの玉の上に熱いミルクを注いで・・ チョコが溶けて行くのを ジッと見つめてください。 そして やおらスプーンでゆっくりかき混ぜて 溶けて行くのを眺めつつ楽しんで・・。
完全に溶けないでも ちょっと固まりが残っててもいいよ。 それは 口に放り込めばいいし。
混ぜた スプーンは しっかり舐めるのをわすれんなよ!
んでもって 自分のお気に入りの静かな場所を見つけて やおら座って・・・ この神々しい程のホットチョコレートをお楽しみあれ!

ってな感じで書いてある。

お店では何回も飲んだ事がある このホットチョコレート。
自宅でも 自作で楽しめるのは 本当に嬉しい・・・。

理想の生き方の人 め〜っけ

ダンスの友人の息子さん。
彼が ピザパーティーをして そこに招待された。
彼は ピザを焼く窯を 自作。
そして 絶品のピザを たらふくごちそうしてくれてた。

彼はバスタブを 庭のブッシュの中に設置。
上水を引いて 排水する設備も完璧!

そして 五右衛門風呂の様に 下から薪を燃やしてお湯を沸かす。
真冬の底冷えする夜に 星空を眺めつつ 入る風呂は最高だとか・・。

他にも 分厚い木材で重厚な椅子や テーブルを自作。
庭には 所狭しと 色んなハーブ・野菜が 食べきれないほど たわわになっている。
ドライブウェーには並木道があって・・色んな果実が 熟して・・地面におびただしい程落ちている・・。
思わず 私は初めての彼の家に来たと言うのに・・拾って 頬張りつつ食べながら 彼に初対面。

みんなしこたま ピザを食べて 腹の皮が突っ張りすぎても まだ ピザの材料が残っている。
と 言うことで 彼はみんなに自作の パイを作るのを進める。
次の日のランチにでもしなさいよ。 って事で みんな たくさんの自作パイを作成。

Rogerも 真剣な表情で パイを作成して 窯に突っ込んでいる・・・。

彼の犬ちゃん。 犬ちゃんを 我が子の様に扱っている・・。
一緒のベッドで寝るとの事。
なんか 私は彼との共通点をたくさん見つける。
彼の様な生き方を私はしたかったのだ・・。
今から 彼のマネをして生きて行こうと思う・・・。

2020年2月5日水曜日

生きててよかったのかも・・?

なぜに あんなにがむしゃらに 生きてきたのだろう・・ なぜに あんなに ビジネスに固執したのだろう・・・。

最近 さっぱり その固執が抜け落ちた今 つらつら考える・・。

多分 親を 周りを 世の中を見返してやろう! という気持ちでいっぱいだったのだろう・・。 それしか考えられない。

つまり 子供のころから 私は 能無し・性格悪いの一点張りで 親に育てられたと思う。 何かにつけ 性格が悪いというのは言われつづけた。 憎まれて育ったと言っても過言ではないだろう・・。

母親は肺結核の為 療養生活が 私が10歳になるまで続いた。 その間 私は野生の動物のように 食い物を漁り 女中から逃げまどって生きていたように思う。

だから 10歳になって母親が母親顔されて 私をしつけようとしても もう 野生の動物はどうにも 変えようのない生き物になってしまっていた。

だから 何かにつけ 私は私の生命維持の為 自分の考えを貫き通した。 それが自尊心の強い母親にはどうにもこうにも我慢のできない事だった。

高学歴でない限り 馬鹿である・・ お行儀の良いのが品がある・・・ が・・野生的である私は学校にもそう簡単には順応しない・・よって 成績がいいはずもない・・。

立て膝をつくと 「おまえはチャンコロだ!」と罵倒して白い目で見た。 私が京都の人と結婚したい・・と言うと 「京都の人間にはチャンコロが多い」 という・・。

私が妊娠した・・・と母親に告げたら 開口一番
「下のだらしない女の様に 子だくさんにするなよ! 恥だから」 と言われた。

すべてが万事がそれなのだ・・。 

多分彼女が60歳ぐらいになるまで続いた。 なんでも自分の思い通りに私が動かないと・・それは 彼女が絶叫して私を罵倒する結果になるのだ。

私が描き続けた油絵 30号以上の物もなん十点もあり・・買いたいという人もかなり出ていた中 私はその絵はすべて 自分の分身の様に思え・・売る事はなく実家に置きっぱなしにしていた。

が・・それも 跡形もなく破棄処分されていた・・。

父親が死んだ・・と聞いた時、 悲しみとかそんなものは一切なく・・
”あぁ~これで私を認める人はなくなった・・。” 
つまり 私は”褒められたい” という一心で頑張り続けているのに・・。 父親が死んで その瞬間に 私が父親に褒められる・・と言うそのチャンスは閉ざされた・・。

そして 母親が80代後半になり・・彼女を見たときは すでに 彼女はもうぬけ殻になっていた。 そこには 何もなくなり 殻しか残っていない。

赤子の如く 目の前の食い物に食らいつき・・眠りこけるだけしか能のない 抜け殻なのだ・・。

私が生涯 ”褒められたい” と思いつづけたのは・・・がむしゃらに 突き進んで来た事が すべて徒労におわったと思えた・・・。

そして 私の”見返し” ”褒められたい” の為に一心に続けていた 私のビジネスは すべてが空しい物になってしまった・・。

でも 最近 妹が私に言ってくれた。
あなたのビジネスは 過去30年間物間 私と息子の生活費をうみたし・・私の大きな自宅を作り 私の楽しみといえる田舎の土地と家も生み出した。 そして息子夫婦の家すら 生み出したのだから ものすごい物だと・・。

そして又 さっき アカウンタントと話しをしていて・・。
ゼロだった私のASSETが ある形を成していて それもかなり大きい物になっている。
お前はすごいよ! 
ニュージーランドに移住したときから ゼロだった私を30年間サポートし続けてきた 私のアカウンタントはそういう。 

彼は私のただのアカウンタント・・ なのに彼との会話は いつも すぐに 私生活の事ばかりになるのだ。 数字はコンピューターがはじきだしてくれるからビジネスの事はどうでもいいのだ・・。 

彼とのミーティングは いつも私を”人間として”見ての会話ばかり・・。

私の苦しい時は いつも いつも慰めてくれて・・ 何回私は彼の前で泣いてしまった事か・・。 彼はいつも 自分がどん底にいると思える時も 支えてくれて・・泣く私を笑顔にしてくれるのだ・・。

彼ももう引退の歳で・・私も引退の歳・・彼がいないときは 彼の部下が私を支えてくれている・・。 そして又 その部下の人も同じく ホンワカと私の緊張した気持ちをほぐしてくれて・・ いつもてんぱっている私を笑顔に変えてくれる・・。

私のアカウンタントの会社は大会社で私の様なクライエントはゴミぐらいに小さい・・だから私がいてもいなくても 彼らにとってはなんの損得も無い・・。

なのに・・30年もの間 普通の人達は 世間の人たちは 私をゴミ扱いにしても・・彼等だけは私の人生をささえ 励まし そして たくさん たくさん褒めてくれた。

親に認められなくても 世間が私をゴミ扱いしようと・・ 私の人生見つめ続けてくれて そして認めてくれた人が一人でもいた・・というだけで 私は生きててよかったのかも・・ と 思う・・・。

2020年2月4日火曜日

この猫は犬の習性そのもの!

猫は自分勝手・・と よくいうが・・。
私は過去 3匹の 猫のオーナーになり 20年以上の猫飼い主経験があるが・・。

今 我が家に居候しているこの猫ちゃん・・。
違う!
まるで 犬!
猫は家に着く・・というが・・ この猫は人に着くのだ・・・。
猫は餌がある所に行く・・と言うが・・ この猫は 我等は一切餌はあげた事がない・・つまり飼い主がいるから(ちゃんと飼い主との連絡も取り合っている) あげないことにしている。

が・・・ 朝一番にドアから入って来て・・ 我が家でリラックスする。
にゃ〜〜 にゃ〜〜 となんか 一晩会わなかった事の報告をする。
それも 私を見上げて・・ 目をジッとみつめながら・・にゃ〜 にゃ〜 と言うのだ。

私が 動き回ると足にまとわりついて・・ それもスリスリしながら・・。
足をひっかけそうで危ない。

私が二階に行けば・・ なになに・? どこいくの? なにするの? ってな具合に ごちゃごちゃ言いながら まとわり着く・・。

私が 座って仕事を始めると 私のすぐ傍に 横になって 自分も落ち着く・・。
私が立つと 一緒にすぐさま立って 又 
なになに! どこいくの? ってな具合になる。

16年間私は犬を飼っていた経験があるが・・ 犬の習性そのものなのだ・・。
不思議な猫もいるもんだ・・。

2020年2月3日月曜日

我が家に居着いた猫ちゃん。
餌を食べに ちょっとだけいなくなるけど1日 24時間 我等に引っ付いてくる。
ゴロゴロ スリスリ が 永遠に続く。
愛に飢えてる様だ。
そして じゅうたんにひっくり返って 眠りこける。
完全 無防備 リラックス。
ちゃんと飼い主が他にいるのに。
でも我等は 心を鬼にして 餌はやらない。
先日6日間 家を開けたら とうとう いなくなった。
寂しすぎる。
仕方が無い。こっちが裏切ったのだから...
しかし! 24時間ぐらい したら ひょっこり 戻ってきた!
なんか 涙が出る程 嬉しかった。

2020年2月1日土曜日

欲が無くなる事は 死を受け入れられる事かも?

94歳になる 女性がアルゼンチンタンゴを踊っていた。 彼女は若くて美しい女性よりも人気があった・・。

その女性の家に遊びに行くと おびただしい程の絵があった。 壁にも ありとあらゆる所に 色んな絵が飾ってあり・・ 倉庫とか ガレージにも 何十枚も 多分 何百枚もの絵が所狭しと置いてある。

生涯彼女は絵を書き続けて来た人なのだ。 そして 私が 「私も絵を描きたくて仕方がないの・・」と言うと・・彼女の絵の道具を全部私にあげますよ・・と言う。

”いやいや そんな貴重な物を・・あなたもまだまだ 絵は描いてくださいよ〜〜” と私が言うと・・。 
「私はもう 十分絵を描きましたよ。 もう 全然描きたくなくなったの。 人生で描きたいリミットって言うのはあるみたい。 私はそのリミットに来てしまったみたい・・」 と笑った。

あんなにまで 執念深くと言うくらいに描き続けて来たのが そう簡単に終わる物だろうか・・? と 私は不思議に思った・・。

しかし・・最近 彼女の言葉をよく思い出す。 と言うのも 私自身 ちょっと前まで あれもしたい・・これもしたい・・ と 欲が山積みだったのだ・・どんどん どうでもよくなって来ている。

そこまで 貪欲さが無くなって来ているのが よくわかる。

欲と生命力は比例するのかも? と 最近強く思うようになった。

若い時は ”死にたくない!!” と思う・・・でも どんどん歳を取り・・欲がどんどん薄れてくると・・ ”もういつ死んでもいいかも?” と思うようになる・・と言うのを聞いた事がある。

だから 死ぬ事は怖くないし・・人生を全うした時は 死すら素直に受け入れられる様になるらしい。 それって とても 心を穏やかにしてくれる事だなぁ〜〜 と しみじみ思った。

そして 私も その方向に向いているのは確かなようだ。

まだまだ 欲はあるけど・・ ほんの5年前の欲とは 比べのもにならない程 薄らいで行っている。 諦め・・もあるかもしれないけど・・ 受け入れられる諦めだから それほど辛いとも思わない。

自然に もう いい・・と 思えるから楽と言えば 楽なのかもしれない。

だから 死に近づくと言う事は 楽な方向にどんどん進んで 自然に死を受け入れられる様になるのは事実かもしれない・・・と思える。

若い時は なぜにあれほど がむしゃらだったのだろう・・? と不思議にさえ思える今日この頃。

このまま 平穏に行く事を祈るばかりだ・・。

私のよだれかけ

私の大好物は 焼き魚なのだ。魚だったらなんでもいい。 煙をモクモクを出しつつも 家中が魚臭くなる事に なんら支障は無い。

が! 私はこの国 ニュージーランドに来てから 魚の匂い程嫌な臭いは無い! と ほとんどの欧米人は思っているのを発見する。

それまでは ゆめゆめ 魚の臭いが臭い・・と思った事は無い。 

ましてや 家中が魚の臭いで充満したら どうするの! 大変な事でしょう!! と 欧米人友人達は口を揃えて言うのだ。

内心 いつも私は・・・”あんたらの心境はわからん!” と叫び続けていた。

しかし ある日 パートナーダンスをしている時 パートナーから ”魚臭い!” と言われた事がある。

焼き魚をして 家中煙充満 そして その焼き魚を食ってから ダンスにでかけたのだ。

夫に「私臭い?」と訊くと 「臭ッ!!!」 と言われた・・・。 私の顔、服、髪 全体 相当魚臭かったらしい。

いい匂いとして 人生を過ごして来た私にとっては もう〜〜! 世の中がひっくり返る程のショック!

以来 私は ダンスに出かける日は 魚は避ける事にした。

そして 中国人でダンスをリードする女の人がいるので その人と踊った時 強烈なニンニク臭で ダンスどころではなかった事があった・・。

って事は 生ネギとか ニンニクとか 私の大好物もダンス日は我慢することになる。

欧米人は腋臭のすごい人がいるが・・ 私の今やっている アルゼンチンタンゴで 臭う人は居ない。 このダンスをやっている輩は お高く止まっている種族であるだけあって・・いいにおい つまり 石鹸の匂いがかすかにする程度  もしくは 洗いたての洗濯の匂いとか・・ みんなかなり 匂いには気を使っているのがわかる。

なのに! 魚の匂いなんて とんでも無い事なのだ・・。
だから 私は魚を焼いたりなんで ダンスの前は一切しない! と心に決めていた。

が! 最近 ダンスをしていると 魚の生臭い匂いが ガンガンとして来る。そして その臭い匂いは私自身からするのだ・・。

なんで?! とわからなかった・・が・・ 私は 臭い匂いの出処を突き詰めた・・。 それは 私の着ている服 それも 胸のあたりから 立ち上って来る匂いなのだ。

つまり 私は着ている服で 以前魚を食って その時に魚の汁を胸の所にこぼしたのが臭っていると言うのが判明。

慌てて バスルームに行って 胸のあたりを 濡れハンカチでゴシゴシ擦って その汁をどうにか薄くして匂いを取ろう! と頑張るが・・ ダンスで肌が熱くなって着て その温度で 又 体臭と混ざって もう〜〜! すごい 悪臭なのだ。

もう ダンスを諦めて 帰宅するしか無い・・。

そんな事が 数回あった。

と 言うことで 魚を食った時の服は 絶対にダンスには着て行けない! と心に誓った・・。

今は ダンスに行かなくとも 離乳食を食う赤ちゃんの食べこぼしキャッチよだれかけの様な物をこさえて 自分の胸に貼り付ける。 そうして食事をするという習慣がついてしまった。

ま〜〜 以来 私のよだれかけには食べこぼしだの 食べ染みだの大量にキャッチされるのを発見。

生まれてからの経過を 又 逆に死ぬまで辿るのだなぁ〜〜 と思う・・・。