2017年8月30日水曜日

食料の保管(保存)

これはバター
1ポンドのバターを買って来ても・・すぐ消費する事はまずない・・。
最近知った情報で マーガリンは5大最悪食品の内の一つと言うのを知った。
よって純粋のバターをゲットする。
やはり本物バターは 子供の頃にアツアツご飯に乗せたバターの香りがする。
バターと言う物はものすごく臭いを吸う食品で知られている。 

冷蔵庫の臭いが着く・・近くの食品の臭いが着く・・ま~ 傍にある物の臭いを全部吸ってしまう。
いい香りのままでバターを保存するのはまず無理! と 何十年も信じて疑っていなかった。

が! 最近 色々考える様になって・・もしかしたら・・ちょっとづつアルミで完全密閉して 冷凍したら 香りが保てるのでは・・? と言うのを思いついた!

だって茶箱だって内部はアルミが張り巡らされ・・密閉されている。
コーヒー豆を買うとアルミが内部に貼られた袋に入っている。 

香りを逃がさない様にするにはアルミ・・つまり金物がいいのだ!
缶での保存と言うのも常識だし・・。

昔の人達は 缶と瓶を頻繁に使って 食物を保存したし・・。

アルミで包んで冷凍庫に保存すると 色んな物が何か月も新鮮なままの食品として楽しむ事が出来る。

歳を取ってくると・・2・3ヵ月前の事は 一か月ぐらい前に感じる。 1年前ぐらいかな・・? と思っても すでに3年ぐらい経っていたりするのた・・。

つまり 年寄にとっては時の経つのが 超スピードになるので・・保存するつもりでなく ちょっと保管するつもりでも”保存”の状態にしたほうがいい。 

完璧保存状態で食料を置いて置く事で・・無駄がなくなり・・食を楽しむ事が出来るのだ。

今までは・・つまり若い頃は なんでもかんでも プラスティックのジャー プラスティックのタッパー、 プラスティックの袋・・と プラスティックに全てを任せていた・・。

今はもう プラスティックを廃除する毎日だ・・。プラスティックは臭いを吸う。 臭いを逃がす。 色も吸う。 嫌な臭いを発する・・と あまりいい事は何も無い。

そして それに代わって 瓶・とメタルは万能! と言う事で・・それに換えて行く。

瓶と言うのは中身がすぐ見えてとても便利! 歳を取って行くと 中に何が入っているか・・・ というのが解らなくなる。 一々開けてみないとダメなのだ。

開ける事もしなければ 何年もそのまま放置されて 開けた時は捨てる時なのだ。 なんと!無駄な事をし続けて来た人生だろうか・・?

生活を簡素化し・・無駄をなくすには ”必要最低限の物だけを置く”と言うのに徹しなければならない。 

それには毎日目で見れる様にしておかなければ・・。

写真の左のジャーにはココナッツとレーズンが入っている。 シリアルを食べる時に混ぜる。ガラスのジャーにメタルの蓋。 完璧なのだ。

右のジャーには海苔の刻んだのが入っている。
とりあえず 日本食ならなんにでも使える。 朝の納豆にてんこ盛りに入れる。 野菜の和えものにも・・お茶漬けにも・・入れる時はてんこ盛りに贅沢に入れる。
そうすると すぐ無くなってしまう。 なので 海苔を刻む時は 膨大に刻んで ぎゅうぎゅう押し込んで置くと・・ちょっとは持つ。

もちろん! 袋に入っていた乾燥剤も一緒にジャーに入れる。

海苔は封を切ったまま つまり袋のまま保管しておくけど・・なかなか使うのを忘れてしまう。 そうすると湿気て香りも悪くなり・・古いのから捨てる。そして新しいのを 又封を切る・・。
と無駄が多い。
せっかくいい海苔を持っていても有効に使う事は無い。
しかし! 目の前に刻んだ海苔がガラス越しにあれば つい手が出て ドンドン使うのだ・・。
香りの高い! 海苔をアツアツのお茶漬けに放り込んで食べると幸せなのだ・・。
具合が悪い時にお粥に梅干しだけだと ちょっと寂しい・・。
そこに香り高い海苔の刻んだのをてんこ盛りすると 突然豪華になり 幸せになる・・。

2017年8月28日月曜日

若者と老人

50歳を過ぎた頃から・・私はよく 「アルツ入ってない・?」と本気でいわれて・・本気で思われたりもした。

若者ばかりが回りで・・同世代は全くいない生活だった・・。 そして あれから大分時間が経ち・・自分は押しも押されぬ”高齢者”になった・・。

そして仕事の第一線から退き・・引退生活をしていると・・ドンドン アルツが進んでいるのでは・・? と思われるが・・断固としてそんな風には思わなくなった・・。

あまりにも100%回りが若者だと・・自分だけ世代のちがう人 つまり高齢者である。となると・・若者と自分との話がちょっとでも食い違うと・・つまり若者が言っている事に付いて行かないと ”ボケた”と言われる・・。

尊敬できる ハッとするような鋭い考え方を持つ人達はみな高齢者だ。 そして学ぶ事を得られるのも全て自分より高齢者だ・・。

なぜか? つまり若者は ものすごい小さな範囲の・・ものすごく浅い所でしか物事は考えられない。 つまり脳みそはそれ”だけ”の中でしか動かないのだ・・。

だから 相当の正確さで・・少ない記憶を固定できる そして固執するのだ・・。それがたとえ 相当くだらない記憶であっても・・。

だが・・高齢者になるにつれ・・我等は ドンドン考える範囲が広くなる・・つまり経験も豊富になり・・ドンドン責任も大きくなる・・。 若者の脳みそとは全く違う所で・・超高速スピードで 膨大な情報を処理しなくてはいけなくなる・・。

だけど・・脳みその働きは確実に若者に比べて遅くなる・・よって 経験豊かな・・そして 賢い老人は そこで 膨大な情報処理を優先順位でソートして行く。

ソートの仕方が まったくもって若者とは違うのだ・・。 大きな範囲の 大きな責任において全ての情報を優先順位を付けてソートする訳だから・・優先順位の低い物からドンドン切り捨てるのだ・・。

*ここで言う”情報”とはネットで得られるような情報ではない。 経験と時間と大きな範囲で得た 人間の”心”で掴みとった”情報”の事を言う。

つまり何が大切か? 何を切り捨てていいのか・・? の判断が出来る。 つまりあまり重要でない事は脳みそから消して行く作業をするのだ。 

その”作業”は ソートにかける時の優先順位を設定しなければならない・・。その設定すら若者には出来ないのでは・・? でもそれが老人には適格に瞬時にできるのだ。

*欧米のどこかの国では スマホ等をテストの時に持ち込んで答案してもいい所がある。 もちろん 数学のテストでも計算機は昔から使っていい国が多い。

*大学の論文で 他からのコピペを発見できる性能なアプリができた。 と言う事は ”自分の言葉”ではない文は すぐ見破られると言う事だ・・。

で・・その老人が切り捨てた部分を若者が発見すると・・”ボケた”と判断する。ボケたのではなくて・・覚えていても無意味と判断され ソートされ・・消去されただけなのだ・・。 

今の時代はネットさえつなげれば そんな情報はいくらでもゲットできるので消去してもいいのだ・・。 

それが 賢い脳みその使い方が出来る老人と 出来ない若者の違いなのだ。(もちろん! 個人差は多々あるのは認める・・。)

世の高齢者達よ! 決して若者に ”ボケた”とは言わせないで欲しい! 歳を取ると言う事は 絶対的に”賢い人”になって行く事だと思う・・。

春だ!

しばらくぶりに町の自宅にもどる・・・。
庭では水仙の花が満開!
水仙は”ガンのサポートしましょう”の花なのです。 だからいつもこの季節になると・・この花が町のアチコチでこのお花で募金を募ります。
昔私が働いていた銀行が ”ガンの方々をサポートしましょう”のスポンサーになっていたので・・寒い寒い真冬に銀行の外に立って・・この花を配った思い出が・・。

そしてこれも満開!
とても甘い 甘い! プラムの実を毎年クリスマス時期に忘れずにつけてくれる木です。
満開をちょっと過ぎて・・これからは 華吹雪になります。
小さな緑色の小鳥が枝から枝へチョコチョコ飛んだだけで・・ハラハラと・・小さな花びらが散っていました。

2017年8月24日木曜日

ピンクのジェット雲

今日も一日 せっせと土方仕事。 一日外にいると・・体はやはり疲れる・・。

が! 自然から沢山のごほうびがもらえる・・。

薄暗くなって来た時 目に入ったのが 空の一直線!

”ジェット雲 夕陽に染まってピンク色” と・・一句でけた! おそまつ・・・


2017年8月22日火曜日

田舎暮らしは老人には快適かも・・?

今 田舎の小屋で過ごしている・・で それがすこぶる 快適なのだ・・。
なぜ 快適に過ごせるのか・・・? 考えないとよくわからない・・。

なので・・少しづつ 細かく分析してみることにした・・。

まず ”暖かい!” 町の自宅はいつも寒々としている。 ストーブをつければいいのに・・とおもうが・・つけている。 でも いつも いつもガンガンとつけるわけにはいかない。

2400wのストーブを何時間もつける・・それを二つも三つもつけなければいけない・・。
そんな訳にはいかないのだ・・。 だから 近くにストーブを置いて・・1200wにして ちょっとあたたまったら・・すぐ寝てしまう。

他の時間は ぶくぶくと服を着ているのだ・・。

光熱費がばかにならないから なるべく節約・・節約・・。 

でも ここ田舎の小屋はちっこいので ちっこいストーブをつけるとすぐ暖かくなる。なんせ天井は低い・・キッチン・トイレ・シャワーが一室にあるようなもんだから ちょっとストーブをつけると全体が一度に暖かくなるのだ・・。

600wのストーブで十分暖かい・・。 それもTシャツ一枚で 小屋全体をウロウロできる。 ちょっと動くと暑くて・・ストーブを消さなければならない。

暑くてちょっと外の空気に触れようとドアを開けると・・空は満天の星。

昼間も日光が小屋の奥まで差し込んで・・その太陽熱で ベッドがヌクヌクになり・・昼寝ができる。

給湯器が小屋のすぐ後ろにあるので・・蛇口をひねるとすぐ熱々のお湯が出て来る。

町の自宅は 給湯器が遠いので・・それも外の長い長い配管を通ってくるので・・水が暖かくなる頃には食器洗いも・・洗面所での用足しも終わっている。結局手がちぎれる様に冷たい水で洗い物をいつもしている。

シャワーのお湯も しばらく出しっぱなしにしないと なかなかお湯にはならない。 相当の無駄な光熱費を使っている感がしてならない・・。だからシャワーをするのもすごく億劫。

反面 小屋は小さいので・・1m~2m範囲にキッチン・ベッド・シャワー・トイレがある。 何をするにも億劫ではないのだ・・。

特に夜中トイレに起きるのが 全くもって億劫ではない・・。 まず部屋が暖かいので・・そのまま起きて 上に何もはおらなくても・・2m歩くだけでトイレに行ける・・・。年寄りには絶好の環境だ・・。

反面・・町の家はなんせ寒いので トイレに行くのをどうしても我慢してしまう。 いよいよ我慢が出来なくなると やおら起き上がって・・焦って上に物を羽織る。

そして スリッパを履いて・・階下に行き・・冷たいバスルームで用を足してベッドに戻る頃には完全に目が覚めている。 もう二度と寝に戻れない・・。

田舎のキッチンは一口コンロとちっこいシンク。 食器もひとつの皿と茶碗と箸を使い回している。 洗い物も簡単。 すべてが楽で簡単なのだ・・。

これも年寄りには絶好の環境かも・・?

田舎は不便と言うが・・田舎だから不便なのではなく・・多分 こじんまりしているから便利なのだろう。 そして生活のすべてが簡素化しているのがまた簡単で便利なのだろう・・。

町の自宅を処分して この田舎の小屋を終の住み処にするってのも悪くないかも・・?

もう28年来の友人が久しぶりに電話してきて・・言う・・。
「犬を飼いなさい! 一人でそんな野中の一軒家で暮らすのは危険!」 と言う・・。
そうなのかな~~・・?

冬の朝

毎日毎日 シトシトと雨が降り続ける。
火を炊くのが大好きな私なので・・田舎の土地で何も出来ないと 火を炊くだけで気持ちが落ち着く。

だが 火も着かないのだ・・。
こんな体験は初めて・・。

どんなに雨が降っていても・・ガンガンと勢いをつけると ガンガンと燃え上がるのが普通。

だけど・・雨が降っているから燃えないのではなく 土地にある朽ちた木々が完全に湿っているのだ・・。

何ヵ月もシトシト・・・まるで梅雨の様に・・・うっとおしい毎日が長期に続くと 辺りの燃料になる木々はドッシリと水を含んで重くなっている。
どんなに乾燥した木々で火柱を作ってから湿った木々を燃やそうとしても無駄・・。
煙だけモウモウと出て・・その内消えてしまうのだ・・。

今朝は 陽も高く上がり さんさんと太陽の光が降り注いでいる。
外の気温はマイナス。 しかし・・一面霜で真っ白だけど・・霜に反射した太陽の光がキラキラと輝いている。

こんなに広大な霜の輝きを見たのは初めて!



モクモクと働いていると・・汗が出て来る。
ジャンパーを脱ぎ・・セーターを脱ぎ・・Tシャツ一枚になっても暑い!

ふと見上げると 遠くの山々は雪で真っ白になっている・・。

2017年8月20日日曜日

暖かい小屋

今 田舎の小屋で過ごしている・・。 

小屋の外は真冬の寒さ・・しかし・・小屋に入ったとたん! 20度のあたたかさ! 私の町の自宅より暖かいのだ! 

私はそんなに断熱材なんていれなくてもいいよ! お金かかるし・・と大工さんに言った。 でも無視されて 20年来の付き合いの大工さんは彼の思う通りにした・・。

そして床掃除をすると・・熱材の上に敷かれた板の床にはニスも塗ってあって・・掃除しやすい! そして清潔。

私はニスなんて要らないよ~ 必要なら自分でできるし・・お金節約したいし・・。 と言っても 大工さんは私の言う事を無視してニスも塗っていた・・。

天井の電気は3個もあって・・すばらしく明るい・・。私は 一個でいいよ~! 贅沢だよ~! と言ったが・・電気やさんは 「うんにゃ~! 3個は最低必要」といいつつ 私の言う事を無視してつけてしまった・・。

外のセンサーライトまで気がついたらついていた・・。 ”んっとにも~! 頼んでもいないのに~” とブツブツ 最初は文句を言ってた私だが・・深々と冷える・・野中の一軒家に 完全一人ポッチだと・・外に少し明るさがあるだけでホッとするのだ・・。

このライトが無いと・・怖くて眠れないくらいだ・・。

私の意見を全部通していたら・・すべてが中途半端で・・小屋に住むのもいやになっていたと思う。

小屋が出来上がる前に 私が一人で 寒い小屋にいたら・・電気やさんも 大工さんも 「寒くないか?」 「怖くないか?」といつも心配してくれていた・・。

20年もの付き合いの業者は私の事を知っている・・。 そしていつも私の事を想ってくれている・・と言うのを・・この小屋にいると感じる・・。

郵便配達オート三輪

朝の散歩。 歩道を歩いていると・・歩道いっぱいにちっこいオート三輪がやって来る・・。

む! む! む! なんじゃ こりゃ~?! 

これは郵便配達車なのだ・・。

クライストチャーチ市も 大地震後あらゆる所の道路修理が進んで・・それも元通りにするのではなく・・画期的なアイディアで修正されているのだ。

歩道の他に かなり幅の広い自転車通り。 自転車と車がぶつからない様に交差点は色んな工夫がなされている。

朝の散歩には沢山の すごい発明的修正を発見する。

今朝見たのは 縦横無尽にちゃんとした歩道がほぼ出来上がる今・・このオート三輪郵便配達車が走り回っている。

とてもかわいい! 

私が 「私もあんなん欲しい!」と 写真に写っているおっちゃんに言ったら・・
「郵便配達の仕事についたら毎日運転できるよ!」と笑ってた・・。

そして私が写真を撮ったら・・郵便配達のおねえさんもニッコリ笑ってくれた。

またまた 頑張る!

ナイキの宣伝をするつもりは毛頭ないが・・昔 アスリートの若者がこれをおしえてくれた。

そしてあれから もう1年以上も経ち・・スマホも買い換え・・このナイキのアプリなんぞは今のスマホには無い・・。 そしてスッカリ忘れていた・・。

でも もう無数回数にチャレンジしているダイエットをまたもや開始。
で・・このアプリを思い出した。

新しいスマホなので・・もう一回ダウンロード。

な! なんと! 昔初めて使った時の記録がまだ 残っているではないか!
お~! その昔の自分の記録の詳細がものすごく興味深い。

なんせ GPSでどこをどう歩いたか? 走ったか? 1kmを何分で歩いたか? なんキロその日は歩いたか? とか ものすごく詳しく出て来る。

そして もうとてつもなく色んな設定ができる・・とは言っても私には基礎的な情報だけでOK。

ってことで 今回は昔の記録に付け足す形で始まる。

朝の散歩に・・すぐ気が散ると立ち止まり・・写真なんぞ撮ったり・・でも

立ち止まったとたん! 記録作業はストップする・・また歩きだすと・・記録作業が存続する。 だから 脇見も降らず歩く必要も無い。

運動用のちっこいヘッドセット・・見かけは老人用補聴器(多分 私の様にノロノロと歩いていると・・100%の人が補聴器と思うだろう)をブルーツースで使用しているので・・耳元で途中経過もささやいてくれるのだ。

お~! もう1km もう2km! と 励みにもなる。

昨日より ペースが早かったりすると すこぶる嬉しい!

ナイキのアプリをONにしつつ ご機嫌音楽も流す。 アプリが喋りだすと音楽はかなり小さく自動的に絞ってくれる。

電話がかかってきても・・何を最優先するか? を設定しているとそれに従って 耳に入って来る。

電話も誰からか?(登録されている分)も言ってくれて・・電話にでるか?それとも無視するか? とも訊いてくれる。

フリーハンドで・・”出る” もしくは”無視”というだけで 電話が繋がる。

スマホひとつでカメラになり・・運動コーチをしてくれ・・音楽を流し・・電話もできる。

えらい時代になったもんだ~・・!

気が集中

田舎の小屋で一人 しばらくいると・・町の自宅とは全く違う思考回路が動く事を発見。

目の前に心を乱す物がなんにもないと・・ドンドン 深く考える癖が着く。 つまり いつも やらねば・・とか・・やりたい・・と思っていた事が 簡単にできるのだ・・。

ゆっくり風呂に浸かりたい・・。 風呂で1時間ぐらいはうだうだしてみたい・・。

スマホの設定が細かくできてないので・・一回じっくりと点検して 改良が必要! 

とか・・日頃やりたいと思っても不思議な事に・・できないけど・・田舎の野中の一軒家の様に まるで回りになにもない所だと・・それができるのだ。

多分 ”気が集中”するのだろう・・。

町の自宅でも 私は一人暮らしだから気が散る訳が無いのだが・・でもやはり気が散るのだ。

多分 町にいると 色んな事ができる・・つまり色んな用事ができる・・つまり 医者に行ったり・・必要な物の買い出しに行ったり・・修理物をやったり・・市役所に行ったり・・。

PCがあるので・・PCでしか出来ない仕事をやっつけたり・・テレビもあるので・・つけっぱなしにしてみたり・・。

やることは山ほどある・・。

が・・ここ田舎に来ると・・ネットはできるが・・それ以外にはもう闇雲に外で働くしかない。 

雨が降ると・・ぼや~~っとするしか脳が無くなる・・。

だから 日頃考えない事も考えるのかも知れない。

”気が集中”する生活というのもいいもんだ・・。

エコ発見は嬉しい・・

最近発見したのは 日本から来た友人が置いて行ったバスタオルがえらく便利だという事だ。

なぜかというと 日本には 欧米のバスタオルと違って 扱い易くなっている。 こぶりで薄い。 やはり日本人の体のサイズに合う様になっているのだ・・。

が・・エコの好きな私は バスタオルを何枚も日本から輸入するなんて贅沢! って事で・・いいことを考えた。

と言っても その”いいこと” とは 他の友人がやっていた事だけど・・。 

その友人はバスタオルなんぞ使った事がない。 つまり ハンドタオルをバスタオル代わりに使うのだ。

そのハンドタオルのサイズというのが 欧米によくあるバスタオルの4分の1のサイズなのだ。 そ~~だ~~!! 余りまくっているバスタオルを4分の1に切って・・回りをきれいに始末すればいいのだ!

そのタオルの色に合わせて・・ギンガムチェックの縁取りとか・・色んな余り布で 縁取りをするとリッパなタオルになる。

もちろん! それは キッチンだの 洗面所だのありとあらゆる所に手拭きとして設置可能。

そして その4分の1のタオルは 一回づつ使い捨ての様に使用しても 洗濯物としては 普通のバスタオルを4回使った事になるので・・水も電気料もエコになる。

そして バスマットたる物も それでOKになった。

旅行に行く時も それを2枚持って行けば どんな安宿に泊まってタオルなんぞ着いてない場合でもとりあえず万能に使えるのだ。

そして 薄汚れて 洗ってもきれいにならない物は それを半分にすると雑巾のサイズになることも発見!

ボロボロになって 擦りきれて来るまで その布は使えるのだ・・。

多分 私のこれからの生涯は 4分の1サイズのバスタオルで 生活は全部賄えると思う・・。

なんとなく 大発見をした様な気分だ・・。

2017年8月16日水曜日

生活方式の好み

昔・・私が20代の頃・・家はモダンで センスが良く・・・美しいのがいい! と・・。 その趣味は 白木とオフホワイト・・北欧調ってのが良かった・・。

それが・・ドンドン変わって来て・・”田舎風”と言うのになって来た。 日本家屋の田舎ではなく・・欧米の田舎風。 つまりギンガムチェックが似合う素朴な物。

それが 今度は そんなかわいい田舎風ではなく・・チャラチャラが嫌いになる。 そして大きな丸太で作ったのも 好きではなくなった・・。

最近は リサイクル素材・廃材等で作った粗末の家屋がいい・・と思うようになった。 

贅沢な家屋を見ると すごく嫌な感じがする。いつもその贅沢な家屋にする為に無駄なお金を使って・・地球の資源を無駄に使っている・・と思ってしまうからだ・・。

リサイクルの素材を使って・・つまりゴミとなるような物を使って ちゃんと住める家と言うのに ものすごくワクワクするようになった。

そして そのゴミからできた家が ものすごく合理的・機能的に出来ていたら それが最高の物に思える。

そしてその好みの変化は家屋だけではなく・・日常に使う物全ての物に置いて 徹底的にリサイクルを好む様になった。

ゴミから便利な生活用品(台所用品・服・家具など)を見つけると ワクワクする。

食べる物もなるべく自家栽培の野菜や果物にしたい・・と思う。
植物達も 自分が育てた物から種を収集して又植える。 もしくは挿し木にしたり・・株分けをしたりして リサイクルに徹したい。

”好み”と言うのは 歳と共に ドンドン変化するものなのだなぁ~~と思う。

2017年8月14日月曜日

醤油さし

28年前 ニュージーランドに移住して来る時に 家具も何も持ってはこなかったけど・・醤油さし2個だけをスーツケースに入れて持って来た・・・。

その醤油さしはとても使いやすく・・そしてニュージーランドでそう簡単には醤油さしは手に入らないだろう・・と言う事で・・持って来たのだ・・。

でも 一個は地震の時に割れて失った・・。
で もう一つは大切に! それでも毎日愛用していた・・。 それが引っ越しの時から紛失。 血眼になって探しても無い! どう考えても無い! 
自分が仕舞ったのか・・?
だれかが持っていったのか・・?
それも覚えていない・・イライラのフラストレーションを 何か月も抱えて・・もう 完全に頭に来たけど・・諦めるしかない。 ない物はないのだから・・。

と言う事で・・今回日本に滞在した時に・・醤油さし! 醤油さし! と呪文の様にとなえつつ・・何個もの醤油さしを買った。 いつも外にでれば違う醤油さしを買う私を見て・・友人が 「何個買えば気が済むの?」と言うくらいたくさんの醤油さしを買った。

大量の醤油さしの中でも下↓のは 醤油さしの王様!

骨董市の隅の方で・・ポツンと埃をかぶっていたこれを発見して興奮! して感動! 
と言うのも これって 私が子供の頃に家にあった物である・・。
昭和初期を生きた年代の方が見たら すごく懐かしい物である・・。
これは買うっきゃ~ない!! って事で意気揚々と手にいれる・・。

が・・なんせ醤油さしを買い漁っていた私だから色んな醤油さしにぶち当たる・・。
なんと わざわざ骨董市で買わなくても・・その辺の店のキッチン用品の売り場に無数に同じ物があったのだ・・。

あ~・・なんだか 興奮したのが アホの様な気がした。

でも 色のついた・・それもこのブルーの色のは無かった・・。 って事で・・このブルーの色のが私の子供の頃に使っていた物・・。
毎日 テーブルの上にこれがあるのを見て・・やはり嬉しい・・。

ちなみに血眼になって探していた古い醤油さしは この醤油さしを使いだした頃・・ヒョンな所から出てきた・・。

歳をとると・・アホっぽい事が色々勃発するのだ・・。

昔隠した鍵

多分 もう 10年ぐらいも前だろうか・・?
私が 脇見も振らずKiwihouseで働いていた頃・・。 夜中とか・・色んな時に事件が勃発! 

そして緊急にKiwihouseの中枢部(オフィス)に入らなければいけない事があった・・。とりあえず そこに入れば 全ての鍵があるから そこへの侵入鍵さえあれば 対処しようがあった・・。

が・・いつもいつも 鍵を持ち歩いている訳でも無い・・鍵を持たないで ロックアウトされた事もあった・・。

そうなると自分の部屋にすら入れない・・。

それに自分がそこにどうしても行けなくて・・誰か信用のある人にとりあえずヘルプを頼みたい事がある・・。

そんな時の為に 緊急侵入鍵を外にある倉庫の横の隙間に入れていた。 

先日庭の片づけ・・掃除・・を久しぶりにやっていたら・・フトその鍵の存在を思い出したのだ・・。 無くなっていたら・・大変! でも あるだろうか・・?

倉庫の外側にある隙間をくまなく探したが・・無い・・。 これが無いという事は・・誰かが見つけたのか・・?! と焦った・・。

が・・土にまみれ・・腐った葉っぱにまみれ・・まるで腐葉土と化した土の中にこの鍵の袋を発見。

袋の中の鍵は まだ 光っていた。




もう この鍵を隠して置く必要もあるまい・・と思って 10年間 お疲れ様・・鍵さんに言い ひきあげて来た・・。

2017年8月10日木曜日

喉から手が出そうなくらい欲しかった物件が 人の手に渡った・・。

今年の日本滞在は 不動産を見て歩く・・と言うのも大きな目的の一つだった・・。

まるで侍屋敷の様な門構えと 何百坪にも渡る敷地・・溜息が出そうなくらい真っ黒になった大きな梁。 百年以上も前に建てられたという古民家は 私の心を虜にした・・。

が・・じゃ~・・と言って すぐ契約しようとは思わなかった・・。 なぜか・・? 

最初に見た物件に飛びつく訳にはいかない・・なんせ自分の服を買うとか言う値段ではないし・・。 不動産は一生を左右する買い物であるし・・。

その後・・たくさんの物件を見たが・・その最初に見た古民家は私の心を掴んで離さなかった・・。

最後に意を決して・・日本を発つ前に その不動産屋に連絡。 本気なので・・建物専門家にその物件の安全性を調査依頼をして買う! と言う意気込みだった。

が・・すでに ”東京から一級建築士を入れて買う方向に行っている買い手が他にいる” と言われた。

そして今・・又 連絡してみたら その古民家は売れたとの事。 ちゃんとした古民家だったらしい・・。

大きな落胆ではあったが・・その家と私とは縁が無かったのだろう・・と言う事で・・諦めた。 諦めがついた・・。

もし! 私がクライストチャーチ大地震を経験していなかったら 絶対に悔しい!! といつまでも 執念深く悔やんだと思う・・。

私がクライストチャーチにやって来て・・宿をやる為に 相当の数の不動産を見て回る。 そして 最初から大きく出た訳ではない・・地道に 少しづつ・・少しづつ大きくなった宿だ・・。

クライストチャーチの銀座と言ってもいい一等地にも物件があって・・その頃私の手が届いた・・。

シャトーと言われる・・素敵なお城の様な古い物件も私には手が届いた・・。

膨大な数の部屋があり・・クライストチャーチ市でも名の知れた昔 市が所有していたという館の様な物件も購入チャンスがあった・・。

ではなぜに・・買わなかったのか・・・? 

理由は解らない・・ただ・・そのチャンスが訪れた時・・これを私が買っていいのか・・? と問うた時に・・いや・・いまではない、 今これは危険かも・・? とか 色んな事が脳裏をよぎった。

で・・いつも その後 それを買わなかった事を悔やんだ・・。 もし あれを買っておけば! あれだって もし買っておけば 今頃 ニュージーランドで一番のホステルになっていただろうに! と自分の根性の無さを 悔やんだ・・。

が・・2011年2月の大地震が来て・・それらの建物は全て崩壊した。 そして今もなお再建の見通しがついていない。 なぜかというと 市と国の 都市計画にそれらの物件の場所は勝手に個人がいじれなくなったのだ・・。 例えそれが個人の不動産であったとしても・・。

結果的には それらに手を付けなかった私を神様がすくってくれたのかも・・? と強く思う様になった。

前の夫が持っていた・・素晴らしい歴史的建物が街中心部にあり・・彼の引退時に彼は私に安く譲ってあげる・・と言った。

今回の古民家を見た時の様に胸が高鳴り・・欲しい! と思った・・。

しかし その時飼っていた自分の犬が コンクリートだらけの場所で生活させるのは嫌だ・・と涙を呑んで その物件を諦めた。

諦めたすぐ後に その建物は イギリス人の金持ちによって・・ 前夫が私にオファーしてくれた値段の倍の値段で競り落とされた・・。

しかし それもあの クライストチャーチ大地震で崩壊し・・ 大聖堂のすぐ傍でありながら・・そこにはまだ何も建っていない・・。

つまり 私が全財産をはたいて その物件を買っていたら・・今頃破産していた・・。私の犬が私の人生を救ってくれたのだ・・と思うようになった・・。

今回の古民家も 良い物件なのかもしれないが・・私の為の物ではないのだろう・・。やはり 不動産と言うのは ”出会い”なのだ・・・。

2017年8月6日日曜日

人生所詮暇つぶし・・

だいぶ前の話だが・・私が ”人生所詮暇つぶしだから・・” と言ったトタン!怒りだした若者がいた・・。

私はビックリ! ”なんで あんたがそんなに怒るんか・・??” という気持ち・・。

彼が言うには ”そんなふざけた気持ちで生きるんじゃ~ない!!” と言う。 

だけど・・私にとっては ふざけるも何も・・そうなんだし・・それが 一番正直で事実なんだし・・いくら ふざけるな! と言われても仕方が無い事なのだ・・。

”で・・? あんたは真面目に生きてるんかい?” と反対に言いたかった。 真面目に生きるって事がどういう事なのか 説明して貰おうじゃ~ないの?! とも言いたかった・・。

どんなに頑張ろうと・・いや 頑張る気持ちすら湧いてこないなら・・ダラダラと生きるしかないんではないか・・? 自殺するぐらいの勇気があればとっくの昔に死んでるわ~!! ともいいたかった。

みんなそう簡単に死ぬ事は出来ないと思う。 簡単に死ねるならもっとたくさんの人が もっと簡単に死んでいると思う・・。

人の死で一番ショックだったのは・・ロビン ウィリアム が死んだ時だった・・。 あの”生きる希望を与える人が・・なぜ・・??” と思わずにはいられなかった。

彼の自殺数日前に ニュージーランド人の身体障碍者が彼に手紙を出したところ・・勇気を出すような手紙が彼の自筆で返事が来たそうな・・。その数日後彼自身は自殺した・・。

なぜに? 彼自身が死ぬ必要があったのだろうか・・?

世界じゅうの膨大な数の人々が彼の自殺を なぜに? と言う気持ちで悼んだ・・。 私もその人の一人だった・・。

何日も彼の自殺は腑に落ちなかった・・。 でも ある人が言った・・”彼も苦しんで苦しみ抜いたのだから・・今は天国でやっと楽になっていると思うよ” と言う言葉に救われた・・。

人は どんな人でも 苦しむのだ・・。 例え彼の様に 人に生きる力をあたえ続けて来た人でも・・いや そんな人だからこそ 生きる意味に真剣なのだろう・・。

彼だって人間・・神様ではないのだから・・。

天国で 苦しむ事から解き放たれてよかったね! と言う気持ちを持てて・・私はやっと安心できた・・。

と言う事で・・私自身は・・毎日 とりあえず 寝床から起き上がり・・そして 目の前の汚れた食器とか片づけて・・天気が良ければたまった洗濯もんでもするか~・・といいつつ 日常の雑用にかまけて一日が過ぎる・・。

それを惰性で毎日繰り返す事が・・生きると言う事なのだろう・・。

2017年8月5日土曜日

骨休め

昔から ”骨休め” と言う言葉があるが・・最近 その言葉が頭に浮かんで仕方が無い・・。

つまり 骨が痛いのだ・・。 朝起きた時の骨の痛さといったら・・・ いたたたたぁ~・・と しばらく 寝床から起き上がれない・・。

ちょっとづつ ちょっとづつ 骨の関節を折り曲げながら 起き上がる。 腰が一番の要になって・・足の関節・・腕・・肩・・と 色んな所が 痛くて仕方が無い・・。

起き上がってもしばらくは まるで 重症身体障碍者の様に・・ギクシャクしつつ・・動く・・。

普通に動ける様になるのは 相当時間がかかるのだ・・。

最近足の甲にある骨の手術をした・・(老化で甲にある骨の関節がつぶれていたからだ・・。) それがまだ治らない。

手術をしたら痛みの無い歩きができるだろう・・・と期待しつつ・・。
しかし・・もう手術後何か月も経つのに・・全然良くならない・・。 手術前の方が余程快適だった・・。

今は もうビッコを引かないと歩けなくなった・・。 歩きすぎると激痛が走るし・・。 これは もっと良くなるのだろうか・・? なんか この状態から良くなる気配は一向も無い・・。

ドンドン 骨がガタガタになって行く・・。

何もしないで・・一日十 ダラダラしていると 骨達が元気になって 痛みが少し和らぐ・・。

”あぁ~・・これを骨休め”と言うのだろうなぁ~・・・ といつも思う。 昔の人は重労働をたくさんする人がいたので・・”骨休め”と言うのは必要な事で 日常に頻繁にあったのだろう。

でも それは若者には不要なのだ。 必要なのは やはり更年期障害を超してからの事。 そして60歳代に入ったら・・も~~!! 骨休めは必要不可欠の物になってきた。

体は騙し・・騙し・・やって行くしかないのだろう・・。 これ以上良くなる事は無いし これからは悪化するだけだから・・その悪化にちょっとでもブレーキをかけるべく ”骨休め”を上手に使って行かなければ・・。

2017年8月4日金曜日

なんか 泣けてくる・・そして元気が出る・・。

神様が私に気力を与えてくれるまで待つ・・・。

毎日の生活には沢山の事があるけど・・今 仕事を引退してしまった今・・やる事はあると言えば・・・ある・・。 ないと言えばない・・。

だから 年じゅう 何もしなくても・・何かをしても時間は過ぎて行く。

何もしないと 一日じゅうゴロゴロして 食べて・・ブクブクと太り・・。 それだけで終わってしまう。 それが悪循環になると・・体全体が ドンドン重くなり・・そしてもう 2度と軽々しく体を動かす事はできなくなる・・。

つまり 老化の一途を辿るだけだ・・。

でも 何か目標を立てたり・・日課を作ったり・・それに従って動く・・そして それを持続させる。 すると・・体重は減り・・体も心も軽くなり・・いい事づくめ。

しかし・・そんなに簡単に事は進まない。

頭ではわかっている・・今 何をすべきか・・? 今 ソファに寝そべって・・お菓子なんぞ食べていてはいけないのだ・・。 今 昼寝なんぞ必要ないのだ!

とりあえず外に出てみろ!

と・・自分に言い聞かせても・・全くもって 心も体も動かない・・動かしたくない・・ダルイ・・。 そんな時は どんなに 自分に いかん! いかん! と言い聞かせても ダメな物はダメ・・。

ただただ・・底なし沼にはまって行く・・。

そして 怠惰人生まっしぐらになる・・。 その内・・もう このまま どうなってもいいし・・死んでもいいや~~! となる・・。

別に生きていても仕方がないし・・とまで思ってしまう。

そこから這い上がる手立ては皆無・・ただただ・・ある日・・ある時・・’”ちょっと起き上がって ”シャワーでも浴びるか~~” ってな気分になるまで 待つしかない・・。

まるで 神様が 私をいつ動かしてくれるのだろうか・・? と ただただ待ち続けるだけの無能者になり下がる・・。

自分の意志ではまったくもって動けないのだ・・。

2017年8月2日水曜日

お葬式


弾丸で夫のお義母さんのお葬式に行く。

着いた次の日・・つまりお葬式の日は すばらしい青空で・・彼の故郷である土地はおてんとさんが 沢山の光を降り注いでいた。

真冬だと言うのに・・クライストチャーチとうって変わって・・ここ Hopetouneと言う小さな街は真夏の日差しだった。

そしてオレンジが枝もしなる様になっていた・・。

レモンだって・・大量になっていた・・。

Hopetouneの小さな街はちょっと歩くと 街の外に出てしまう。
線路伝いに歩く・・。

お葬式の日・・きれいな雲がプカプカ浮いていた・・。
歩く体には汗が吹きだした・・。

夫のお義母さんが好きだった・・と言う鳥達は そこらここらと・・至る所で群れを成し・・青空を飛び・・枝から枝へ大きな声で鳴きながら移り・・。
お葬式の最中も まるで彼等がお葬式に参加するように・・鳴いていた。

きれいに飾られたお義母さんが到着
みんな名残惜しそうに ずっとお棺を見つめていた・・。

みんなが手向けたローズマリーの小枝。 ローズマリーの枝には沢山の紫の色の小さな花がついていた。それはお義母さんの大好きな色だった。
みんなで その枝にリボンを付ける作業をした・・。
これが この日の香りだね・・。 思い出の香りだね・・と言い合っていた・・。

お葬式が終わっても誰もその場を立ち去ろうとせず・・惜しむ様にその場に居た。
1822年に建てられたという建物で 又 みんなが集っていた・・。





 私は初めて見るたくさんのお義母さんの写真。若い時はとても美しい人だったようだ・・。

お昼歩いた・・雲がプカプカ浮いていた所は・・葬儀の後にはスッカリ様変わりしていた・・。


夜になると家族達は近くの湖のほとりで 晩餐会をした・・。

91個の光がともされ・・(お義母さんは91歳だった)みんな 静かになったり・・笑ったり・・泣いたり・・忙しい一日だった・・。

次の日はもう ニュージーランドに戻らなければならない・・。
急いではいたが・・お義母さんの隣のお義父さんのお墓にもさよならを言う夫。

そして 最後のさよならをお義母さんに告げる夫。
あまりにもたくさんの事が起こり・・何がなんだかわからないまま・・
夜の飛行機はニュージーランドへと向かった・・。