2017年8月28日月曜日

若者と老人

50歳を過ぎた頃から・・私はよく 「アルツ入ってない・?」と本気でいわれて・・本気で思われたりもした。

若者ばかりが回りで・・同世代は全くいない生活だった・・。 そして あれから大分時間が経ち・・自分は押しも押されぬ”高齢者”になった・・。

そして仕事の第一線から退き・・引退生活をしていると・・ドンドン アルツが進んでいるのでは・・? と思われるが・・断固としてそんな風には思わなくなった・・。

あまりにも100%回りが若者だと・・自分だけ世代のちがう人 つまり高齢者である。となると・・若者と自分との話がちょっとでも食い違うと・・つまり若者が言っている事に付いて行かないと ”ボケた”と言われる・・。

尊敬できる ハッとするような鋭い考え方を持つ人達はみな高齢者だ。 そして学ぶ事を得られるのも全て自分より高齢者だ・・。

なぜか? つまり若者は ものすごい小さな範囲の・・ものすごく浅い所でしか物事は考えられない。 つまり脳みそはそれ”だけ”の中でしか動かないのだ・・。

だから 相当の正確さで・・少ない記憶を固定できる そして固執するのだ・・。それがたとえ 相当くだらない記憶であっても・・。

だが・・高齢者になるにつれ・・我等は ドンドン考える範囲が広くなる・・つまり経験も豊富になり・・ドンドン責任も大きくなる・・。 若者の脳みそとは全く違う所で・・超高速スピードで 膨大な情報を処理しなくてはいけなくなる・・。

だけど・・脳みその働きは確実に若者に比べて遅くなる・・よって 経験豊かな・・そして 賢い老人は そこで 膨大な情報処理を優先順位でソートして行く。

ソートの仕方が まったくもって若者とは違うのだ・・。 大きな範囲の 大きな責任において全ての情報を優先順位を付けてソートする訳だから・・優先順位の低い物からドンドン切り捨てるのだ・・。

*ここで言う”情報”とはネットで得られるような情報ではない。 経験と時間と大きな範囲で得た 人間の”心”で掴みとった”情報”の事を言う。

つまり何が大切か? 何を切り捨てていいのか・・? の判断が出来る。 つまりあまり重要でない事は脳みそから消して行く作業をするのだ。 

その”作業”は ソートにかける時の優先順位を設定しなければならない・・。その設定すら若者には出来ないのでは・・? でもそれが老人には適格に瞬時にできるのだ。

*欧米のどこかの国では スマホ等をテストの時に持ち込んで答案してもいい所がある。 もちろん 数学のテストでも計算機は昔から使っていい国が多い。

*大学の論文で 他からのコピペを発見できる性能なアプリができた。 と言う事は ”自分の言葉”ではない文は すぐ見破られると言う事だ・・。

で・・その老人が切り捨てた部分を若者が発見すると・・”ボケた”と判断する。ボケたのではなくて・・覚えていても無意味と判断され ソートされ・・消去されただけなのだ・・。 

今の時代はネットさえつなげれば そんな情報はいくらでもゲットできるので消去してもいいのだ・・。 

それが 賢い脳みその使い方が出来る老人と 出来ない若者の違いなのだ。(もちろん! 個人差は多々あるのは認める・・。)

世の高齢者達よ! 決して若者に ”ボケた”とは言わせないで欲しい! 歳を取ると言う事は 絶対的に”賢い人”になって行く事だと思う・・。

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